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7-1 わたしはあなたの side A
1 地獄に仏
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「もしもし」
突然、そう声をかけられて、和音は胡瓜を視界に入れた猫のように、文字通り飛び上がって振り向いた。
ふっ、ふっ、と短く呼吸を繰り返す和音の視界に入ったのは、和音の反応に目を丸くした、ここらでも由緒正しいと言われる私立高校の制服を来た少女だった。
「大丈夫……では、なさそうですね」
どこかほんわりとした空気を纒った少女はそう言って、和音の顔を覗き込んでくる。
「え、あ……」
「脳貧血なら、少ししゃがむと楽になるかもしれません」
唇が紫色になってますし、と彼女はそう和音に言う。
それから、少し和音から視線を外した彼女は、少し考えるように目を伏せて、和音に聞き取れないほど小さく何かを呟いた。
「ええと、あの、すみません……大丈夫、なので」
他人の手を煩わせるわけにもいかない。
そう、和音は考えて、笑顔を作ってみせた。
しかし、彼女からは思った以上に深刻な面持ちを向けられた。
「失礼ですが……大丈夫、ではない、と思います」
迷うような躊躇いを含みながらも、彼女は和音の言葉を切り捨てる。
そして、緊張の乗った目が、和音を真っ向から見据えてきた。
「重ね重ねの失礼を承知の上で……今、お時間ありますか?」
◆
――どうしてこうなったのだろう。
賢木織歌と名乗った少女に連れられ、和音はさっきまでいた場所から、繁華街の方に少し行った所のファストフード店の四人席の一角に座っていた。
あの後、織歌はすぐにスマートフォンを取り出すと、深刻な表情のまま電話をかけて話していた。
和音に聞き取れたのは「自分ではわからない」、「実際に見て確認をしてほしい」というような内容だったが、相手もすぐに了承した様子で、電話を終えた織歌はそのまま、自己紹介もそこそこに和音をこのファストフード店に連れて来たのだった。
「和音さん、どうぞ」
注文カウンターから戻って来た織歌から、頼んだSサイズのシェイクを受け取って、和音はありがとうございます、と頭を下げる。
「いいえ、無理を言って連れて来てしまったのは、私ですから」
そう言って、織歌は自分の分のシェイクに口をつける。
「えっと、賢木先輩……でいいですか?」
「ええ、はい。私も中学は同じでしたから」
うふふ、とお上品に笑う織歌が、同じ公立中学に通っていたとは、和音も少し驚きである。
「ごめんなさい、急で、しかも待たせてしまって」
「いえ、少し、気分も良くなりましたから」
実際、一人で鬱々と歩いていた時よりも、幾分、和音の気分は晴れていた。
まだ少し固いシェイクを力任せに吸い込んで、その甘さに少しほっとする。我ながら現金なことだ。
「丁度、買い物が終わった所と言っていたので、すぐに寄ってくれる、とは思うのですが……」
「ええと、賢木先輩が、わたしを誰かに見せたいのはわかったんですけど、それは、一体……」
どうして、という言葉はその先に続かなかった。
突き刺さるような悪寒が背筋を撫で上げ、シェイクのカップを持った指先が強張る。
剣先を突きつけられたような、張り詰めた空気に和音は、その気配が向かってくる方向に振り向いた。
そこには、眼鏡の奥の鋭い目つきを、驚きに見開いた金髪の青年がいた。
突然、そう声をかけられて、和音は胡瓜を視界に入れた猫のように、文字通り飛び上がって振り向いた。
ふっ、ふっ、と短く呼吸を繰り返す和音の視界に入ったのは、和音の反応に目を丸くした、ここらでも由緒正しいと言われる私立高校の制服を来た少女だった。
「大丈夫……では、なさそうですね」
どこかほんわりとした空気を纒った少女はそう言って、和音の顔を覗き込んでくる。
「え、あ……」
「脳貧血なら、少ししゃがむと楽になるかもしれません」
唇が紫色になってますし、と彼女はそう和音に言う。
それから、少し和音から視線を外した彼女は、少し考えるように目を伏せて、和音に聞き取れないほど小さく何かを呟いた。
「ええと、あの、すみません……大丈夫、なので」
他人の手を煩わせるわけにもいかない。
そう、和音は考えて、笑顔を作ってみせた。
しかし、彼女からは思った以上に深刻な面持ちを向けられた。
「失礼ですが……大丈夫、ではない、と思います」
迷うような躊躇いを含みながらも、彼女は和音の言葉を切り捨てる。
そして、緊張の乗った目が、和音を真っ向から見据えてきた。
「重ね重ねの失礼を承知の上で……今、お時間ありますか?」
◆
――どうしてこうなったのだろう。
賢木織歌と名乗った少女に連れられ、和音はさっきまでいた場所から、繁華街の方に少し行った所のファストフード店の四人席の一角に座っていた。
あの後、織歌はすぐにスマートフォンを取り出すと、深刻な表情のまま電話をかけて話していた。
和音に聞き取れたのは「自分ではわからない」、「実際に見て確認をしてほしい」というような内容だったが、相手もすぐに了承した様子で、電話を終えた織歌はそのまま、自己紹介もそこそこに和音をこのファストフード店に連れて来たのだった。
「和音さん、どうぞ」
注文カウンターから戻って来た織歌から、頼んだSサイズのシェイクを受け取って、和音はありがとうございます、と頭を下げる。
「いいえ、無理を言って連れて来てしまったのは、私ですから」
そう言って、織歌は自分の分のシェイクに口をつける。
「えっと、賢木先輩……でいいですか?」
「ええ、はい。私も中学は同じでしたから」
うふふ、とお上品に笑う織歌が、同じ公立中学に通っていたとは、和音も少し驚きである。
「ごめんなさい、急で、しかも待たせてしまって」
「いえ、少し、気分も良くなりましたから」
実際、一人で鬱々と歩いていた時よりも、幾分、和音の気分は晴れていた。
まだ少し固いシェイクを力任せに吸い込んで、その甘さに少しほっとする。我ながら現金なことだ。
「丁度、買い物が終わった所と言っていたので、すぐに寄ってくれる、とは思うのですが……」
「ええと、賢木先輩が、わたしを誰かに見せたいのはわかったんですけど、それは、一体……」
どうして、という言葉はその先に続かなかった。
突き刺さるような悪寒が背筋を撫で上げ、シェイクのカップを持った指先が強張る。
剣先を突きつけられたような、張り詰めた空気に和音は、その気配が向かってくる方向に振り向いた。
そこには、眼鏡の奥の鋭い目つきを、驚きに見開いた金髪の青年がいた。
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