怪異から論理の糸を縒る

板久咲絢芽

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6-2 竜馬と松浦の姫 side B

3 異常誕生の可能性を出すな

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「……小夜せれなさんには大変申し訳無いんですけど」

黙って受け流し続けるロビンへの追及を早々にあきらめたひろがそう口を開く。

「読み、さよじゃないって知った瞬間、乾いた笑い出そうになりましたよね」
「……日本人って、時々やたら文脈contextたよる読みをさせる時あるよね」
「否定できねー……普通の熟語でもありますからね、狼狽うろたえるとか、躊躇ためらうとか」

よもぎから話をメールでもらって、その時点でよもぎも修学旅行の可能性を考えていたのだ。
そこまで渡されていれば、自然と「さよ」という名前だとひろもロビンも思いこんでいた。

「立地的に、どう考えても思い起こすのは松浦佐用姫まつらさよひめ、『肥前国風土記ひぜんのくにふどき』版と思いますもん」
「『古事記』の三輪山みわやま神話と並んで、苧環おだまき蛇婿へびむこの古形の双璧そうへきだからね……三輪山みわやまは蛇と確定してないケド」

蛇に限らず、動物や鬼といった異類と婚姻する話は古今東西に存在する。
ただ、その中でも、娘が蛇と婚姻する、あるいはしようとする羽目になる話というのは、蛇婿へびむこという分類でまとめられる程には大量にある。

「いっそ夢の中で針刺せるぐらい近づいてくれてればよかったのに……何故そこでヘタレる」
「……その場合、事態はもっとヤバかった可能性があるよね?」

確かに、時代が下った鎌倉期の『平家物語』に収録された苧環おだまき型の話――突然かよってくるようになった男の正体を知るために、その着物のすそに糸を通した針を刺して翌日に糸を辿たどると蛇がいた、ないし、木のうろなどに続いていて、男の正体が人ではないことがわかるというのが苧環おだまき型――では、針は日向国ひゅうがのくに高知尾たかちおの明神の化身である大蛇ののどに刺さっていて、大蛇は死んでいる。
死んでいるのだが、この場合のそれは、当時はかよい婚であって、女のもとに男が夜にかよった後というのは、完全に、いわゆる、その、後朝きぬぎぬ、というやつであって――

「まあいわゆる朝チュンというやつにはなりますし、相手が神ならばこそ、一夜孕ひとよばらみの可能性もありますからねぇ」
「……ボクの気遣きづかいというのは、ムダなの?」

この妹弟子いもうとでし、しれっと全部言いはなちやがった。
織歌おりかといい、なんだってこうもあっけらかんとnot seem to careそういうことを言うのか。
思わず、ため息と共にひじをついて片手で頭をかかえる。

「えー、回りくどく言ったところで何も変わらないですよ、事実的には」
「うん、ソレは……そう、そうねthat's right……」

否定できないから余計困る。
ひろはそんなロビンを見つつも更に話を続ける。

「そうなってた場合、タスクとしては、まずいのししを狩って、その毛を入手する必要が……」

流石さすがに、本を食卓に叩きつけるようにして置いてしまった。 
驚いて黙ったひろの視線が突き刺さるが、その続きがわかるからこそ話を断ち切りたかったのであって、決して怒ったとか、そういうのではない。

――その方法には覚えがあるし、それが書かれてた『日本霊異記にほんりょういき』とか『今昔物語集こんじゃくものがたりしゅう』のアレと同じ事をせねばならないとなったら、ロビンは全部ひろ織歌おりかに任せて、裏方にてっせねばならない。主にセクハラsexual harassment予防の観点から、というかそうなったら余りにも大事過ぎて、そもそもこちらの手だけで足りるのか、なんなのか、せめて、鬼灯ほおずきで代用できたりしないものか、いや、一般的な対策だと、それこそ木花佐久夜毘売このはなさくやびめが産屋に着火した理由のように、という異常誕生の証左として逆手にとられて回避されかねない。

と、頭の中で一息で思考を巡らせてから、大きくため息をついて、じっと見つめてくるひろにロビンは口を開く。

「やめよう、今すぐに、このハナシ」
「語順が英語になってません? あと、耳真っ赤ですよ」
「……誰のせいだと?Whose fault?

流石さすがに低い声で言うしかなかった。
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