193 / 241
6-2 竜馬と松浦の姫 side B
3 異常誕生の可能性を出すな
しおりを挟む
「……小夜さんには大変申し訳無いんですけど」
黙って受け流し続けるロビンへの追及を早々に諦めた弘がそう口を開く。
「読み、さよじゃないって知った瞬間、乾いた笑い出そうになりましたよね」
「……日本人って、時々やたら文脈に頼る読みをさせる時あるよね」
「否定できねー……普通の熟語でもありますからね、狼狽えるとか、躊躇うとか」
蓬から話をメールでもらって、その時点で蓬も修学旅行の可能性を考えていたのだ。
そこまで渡されていれば、自然と「さよ」という名前だと弘もロビンも思いこんでいた。
「立地的に、どう考えても思い起こすのは松浦佐用姫、『肥前国風土記』版と思いますもん」
「『古事記』の三輪山神話と並んで、苧環型蛇婿の古形の双璧だからね……三輪山は蛇と確定してないケド」
蛇に限らず、動物や鬼といった異類と婚姻する話は古今東西に存在する。
ただ、その中でも、娘が蛇と婚姻する、あるいはしようとする羽目になる話というのは、蛇婿という分類でまとめられる程には大量にある。
「いっそ夢の中で針刺せるぐらい近づいてくれてればよかったのに……何故そこでヘタレる」
「……その場合、事態はもっとヤバかった可能性があるよね?」
確かに、時代が下った鎌倉期の『平家物語』に収録された苧環型の話――突然通ってくるようになった男の正体を知るために、その着物の裾に糸を通した針を刺して翌日に糸を辿ると蛇がいた、ないし、木の洞などに続いていて、男の正体が人ではないことがわかるというのが苧環型――では、針は日向国の高知尾の明神の化身である大蛇の喉に刺さっていて、大蛇は死んでいる。
死んでいるのだが、この場合のそれは、当時は通い婚であって、女のもとに男が夜に通った後というのは、完全に、いわゆる、その、後朝、というやつであって――
「まあいわゆる朝チュンというやつにはなりますし、相手が神ならばこそ、一夜孕みの可能性もありますからねぇ」
「……ボクの気遣いというのは、ムダなの?」
この妹弟子、しれっと全部言い放ちやがった。
織歌といい、なんだってこうもあっけらかんとそういうことを言うのか。
思わず、ため息と共に肘をついて片手で頭を抱える。
「えー、回りくどく言ったところで何も変わらないですよ、事実的には」
「うん、ソレは……そう、そうね……」
否定できないから余計困る。
弘はそんなロビンを見つつも更に話を続ける。
「そうなってた場合、タスクとしては、まず猪を狩って、その毛を入手する必要が……」
流石に、本を食卓に叩きつけるようにして置いてしまった。
驚いて黙った弘の視線が突き刺さるが、その続きがわかるからこそ話を断ち切りたかったのであって、決して怒ったとか、そういうのではない。
――その方法には覚えがあるし、それが書かれてた『日本霊異記』とか『今昔物語集』のアレと同じ事をせねばならないとなったら、ロビンは全部弘と織歌に任せて、裏方に徹せねばならない。主にセクハラ予防の観点から、というかそうなったら余りにも大事過ぎて、そもそもこちらの手だけで足りるのか、なんなのか、せめて、鬼灯で代用できたりしないものか、いや、一般的な対策だと、それこそ木花佐久夜毘売が産屋に着火した理由のように、神とされるものの子であるという異常誕生の証左として逆手にとられて回避されかねない。
と、頭の中で一息で思考を巡らせてから、大きくため息をついて、じっと見つめてくる弘にロビンは口を開く。
「やめよう、今すぐに、このハナシ」
「語順が英語になってません? あと、耳真っ赤ですよ」
「……誰のせいだと?」
流石に低い声で言うしかなかった。
黙って受け流し続けるロビンへの追及を早々に諦めた弘がそう口を開く。
「読み、さよじゃないって知った瞬間、乾いた笑い出そうになりましたよね」
「……日本人って、時々やたら文脈に頼る読みをさせる時あるよね」
「否定できねー……普通の熟語でもありますからね、狼狽えるとか、躊躇うとか」
蓬から話をメールでもらって、その時点で蓬も修学旅行の可能性を考えていたのだ。
そこまで渡されていれば、自然と「さよ」という名前だと弘もロビンも思いこんでいた。
「立地的に、どう考えても思い起こすのは松浦佐用姫、『肥前国風土記』版と思いますもん」
「『古事記』の三輪山神話と並んで、苧環型蛇婿の古形の双璧だからね……三輪山は蛇と確定してないケド」
蛇に限らず、動物や鬼といった異類と婚姻する話は古今東西に存在する。
ただ、その中でも、娘が蛇と婚姻する、あるいはしようとする羽目になる話というのは、蛇婿という分類でまとめられる程には大量にある。
「いっそ夢の中で針刺せるぐらい近づいてくれてればよかったのに……何故そこでヘタレる」
「……その場合、事態はもっとヤバかった可能性があるよね?」
確かに、時代が下った鎌倉期の『平家物語』に収録された苧環型の話――突然通ってくるようになった男の正体を知るために、その着物の裾に糸を通した針を刺して翌日に糸を辿ると蛇がいた、ないし、木の洞などに続いていて、男の正体が人ではないことがわかるというのが苧環型――では、針は日向国の高知尾の明神の化身である大蛇の喉に刺さっていて、大蛇は死んでいる。
死んでいるのだが、この場合のそれは、当時は通い婚であって、女のもとに男が夜に通った後というのは、完全に、いわゆる、その、後朝、というやつであって――
「まあいわゆる朝チュンというやつにはなりますし、相手が神ならばこそ、一夜孕みの可能性もありますからねぇ」
「……ボクの気遣いというのは、ムダなの?」
この妹弟子、しれっと全部言い放ちやがった。
織歌といい、なんだってこうもあっけらかんとそういうことを言うのか。
思わず、ため息と共に肘をついて片手で頭を抱える。
「えー、回りくどく言ったところで何も変わらないですよ、事実的には」
「うん、ソレは……そう、そうね……」
否定できないから余計困る。
弘はそんなロビンを見つつも更に話を続ける。
「そうなってた場合、タスクとしては、まず猪を狩って、その毛を入手する必要が……」
流石に、本を食卓に叩きつけるようにして置いてしまった。
驚いて黙った弘の視線が突き刺さるが、その続きがわかるからこそ話を断ち切りたかったのであって、決して怒ったとか、そういうのではない。
――その方法には覚えがあるし、それが書かれてた『日本霊異記』とか『今昔物語集』のアレと同じ事をせねばならないとなったら、ロビンは全部弘と織歌に任せて、裏方に徹せねばならない。主にセクハラ予防の観点から、というかそうなったら余りにも大事過ぎて、そもそもこちらの手だけで足りるのか、なんなのか、せめて、鬼灯で代用できたりしないものか、いや、一般的な対策だと、それこそ木花佐久夜毘売が産屋に着火した理由のように、神とされるものの子であるという異常誕生の証左として逆手にとられて回避されかねない。
と、頭の中で一息で思考を巡らせてから、大きくため息をついて、じっと見つめてくる弘にロビンは口を開く。
「やめよう、今すぐに、このハナシ」
「語順が英語になってません? あと、耳真っ赤ですよ」
「……誰のせいだと?」
流石に低い声で言うしかなかった。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
3
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる