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6-2 竜馬と松浦の姫 side B

2 龍馬、天馬

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「その心は?」
「今回の『万葉集』の歌、『古今著聞集ここんちょもんじゅう』と『今昔物語集こんじゃくものがたりしゅう』にある藤原広嗣ふしわらのひろつぐ龍馬りゅうめの話。同じ空飛ぶ馬としては、聖徳太子しょうとくたいし黒駒くろこまの話もあるけど、アレは対象を考えれば、多く英雄譚に紐づく付属的伝説episodeの一端でしかないだろうし」

ただ、大宰帥だざいのそつである大伴旅人おおとものたびとと比較すれば、大宰少弐だざいのしょうにである藤原広嗣ふじわらのひろつぐはその役職的には少々かすみはする。
だが、勿論もちろんそれをおぎなうだけのエピソードがあってのことではある。

藤原広嗣ふじわらのひろつぐは、怨霊おんりょうとしてまつられたからね」
「あー、そっか。あの人、玄昉げんぼうさんばらばら殺人事件の犯人なんてエピソードありましたね……疫病えきびょうや雷でなく、物理と伝わるのが怖いところ」

ひろの言う玄昉げんぼうさんばらばら殺人事件は、藤原広嗣ふじわらのひろつぐとの政争に勝ち、太宰府だざいふに流した張本人の玄昉げんぼうが、藤原広嗣ふじわらのひろつぐの死後に突如宙に浮いたかと思うとそのまま八つ裂きになり、それが藤原広嗣ふじわらのひろつぐ怨霊おんりょうのせい、となったスプラッタホラー必至の一件である。
……ひろは端的に一言にものをまとめるのがうまい。ただし、その分風情ふぜいというものが大方けるのだが。

「しかし、難しいですよね、そういう場合のエピソードって。箔付けなのか、慰撫なのか」
「それはそう……書物としての初出は『今昔物語こんじゃくものがたり』と考えるべきだろうけど、『古今著聞集ここんちょもんじゅう』にもってる以上、たぶん別の原典があるし、ソレの成立年次第ってとこだけど」

――太宰府だざいふに流された藤原広嗣ふじわらのひろつぐは、ある時、城下に不思議な馬のいななきを聞く。
そのいななきの主の馬を求め、飼ったところ、その馬は龍馬りゅうめであり、空をける事ができる馬であった。
そこで広嗣ひろつぐはこの龍馬りゅうめを使い、午前は奈良の平城京で、午後は太宰府だざいふで仕事を行ったという。

そんな話である。
超常的手段をもって、本来行き来できない二箇所で時間を区切って仕事をする、というと小野篁おののたかむら六道珍皇寺ろくどうちんのうじの井戸を介した、現世とあの世のそれぞれの官吏かんりとして働いていたという話にも近しい。だいぶ距離を取って俯瞰ふかんした結果だけど。

「そっか、広嗣ひろつぐまつった鏡神社も松浦まつら近辺ですもんね」
「修学旅行、長崎って言ってたらしいけど、経路に含まれてたんだろうね」
「多少タイムラグがあったとしても向こうの準備と考えれば……そんなに神様でもかっこつけたいもんなんですかね?」

どうなんです? とひろから男性一般の感覚の見解を問われるが、ロビンはため息をついて答える。

「さあ。ボクはそういうことにうといから」
「……まあ、そんな言葉遣ことばづかいをマスターする程度に頑張ってる時点で変人は確定ですしね。聞くだけ無駄でした」

あきれと揶揄やゆの混じったひろの言葉に対して、ロビンは肩をすくめてみせるだけに留める。
ほのかに、ひろから、素材はいいのになと思われている事だけが察せられる。

「……人のコト、言える?」
「失敬な、まだわたしの方が乙女らしくちょっとは恋バナとかは興味あります~」

五十歩百歩というべきか、どんぐりの背比せいくらべというべきか。
目くそ鼻くそを笑うなんてのもあったか、何にしろ大同小異much of a muchnessに違いはない、とロビンは唇をとがらせたひろを見ながら思う。

ひろだって、少々鋭利で近寄りがたそうな印象を与えはする――それでもロビン自身の目つきの悪さとくらべたら、近寄りがたさは月とすっぽんas like as chalk and cheeseである――が、美人の部類である。ただし、本人は特にファッションにそこまで頓着とんちゃくがない。
あと、五年以上同居して思うのは、その最初の印象以上に、本人が人懐っこい。
この間、織歌おりかにそれを少し話したら、柴犬っぽいのはわかります、と即答された事には困惑したけど。

「……なんか失礼な事を考えてません?」
「いや? そんなことは考えてないけど?」
「うーん、具体性がなあ、わたしはからなあ」

じっとりとしたひろの視線を、ロビンは素知そしらぬ顔で受け止める。
そもそも、失礼かもしれないのは織歌おりかだし、それに、これは所詮しょせん所感impressionの話でしかないし。
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