怪異から論理の糸を縒る

板久咲絢芽

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5-2 夢の浮橋 side B

7 夢路には足もやすめず通へども

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しかし、微妙に引っかかるところがある気がする。
それをうまく言語化できずに、織歌おりかが八つ当たり気味にチーズケーキにフォークを真っ直ぐに突き刺すと、かつんとフォークの先が皿に突き立つ音と感触がした。
あまり行儀としていいものでないことは、勿論もちろんちゃんとわかってはいるが。

「うーん、生霊いきりょうだから夢枕に、というのも納得はできますね」
「うん。夢のかよ、夢の浮橋うきはしってやつだ」

織歌おりかが何か引っかかっているのを、ロビンは織り込み済みらしい。
フォークを突き立てたままの織歌おりかを動じることなく、じっとその目で見てくる。

「そうですよねえ、すみの岸による波よるさや、ですし……あ」

しもの句が「夢のかよ 人目よくらむ」の百人一首を口にしたところで織歌おりかは、はたと気付いた。

「夢を見る主体、が、おかしくありません?」
「……そう言語化してくるとは思わなかったなあ」

一気にロビンの視線に込められた温度が生温なまぬるくなる。
気付くことまで織り込み済みだったのはともかく、その気付きの言語化にケチをつけられても織歌おりかとしては困る。

「確かにボクらはセンセイに師事する身だけど、そこまでセンセイに寄せることはないからね」
「そんなつもりはないんですけどねえ」

ロビンの顔がちょっとだけしぶくなって、それから相変わらず目つきが悪いだけの通常運転に戻る。

「まあ、言いたいところはわかるし、合ってるよ。生霊いきりょうなら強い思いをいだいてるのは相手側であって、タカハシさん自身ではない。だから、タカハシさん自身が夢を見るのは辻褄つじつまが合わない。そう思ったってことでしょう?」
「はい。『思つつればや人の見えつらむ 夢と知りせば覚めざらましを』を始め、夢での逢瀬おうせというのは、想っているから寝ている間に体から抜け出た魂がその人に会いに行く事が起きた、と認識されています。だから、高橋さんが女性を恋愛対象としてとらえることにトラウマがあるとするなら、そんなことは発生しないはずです。チグハグなんです」

小野小町おののこまちの和歌を上げて織歌おりかが言うと、それを受けてロビンは一つうなずいた。

「そういうこと」
「でも、生霊いきりょうであれば、その人は相応の執着を高橋さんに向けていた。それこそストーカー並と考えていいはずですよね……そしてそこからリャナン・シーに繋がったのなら」

織歌おりかはフォークで切り取ったチーズケーキの一口分をすくい上げて、そのまま少し手を止める。

「その人は、高橋さんの文才に執着した……?」
「執着、と言えるかはわからないね。ただ引鉄triggerがカレの文才だと考えられるのは、そう」

すくったチーズケーキを口に運んで、織歌おりかはちょっと考える。

「それが無意識下でアイルランドと影響しあって、こんな事に……?」
「もう少し、切り分けて考えてみようか。これは一つの怪異で、迷惑をこうむったのは一人だけど、そのrootには二人分の素地がある」

二人分。
さっきまでいた依頼人と、その依頼人に執着した誰か。
と、そこまで思考を巡らせてみて、織歌おりかは手を止め、じとっとロビンを見た。

「ロビンさん」
「うん?」
「先日依頼人とじかに話したロビンさんと私じゃ、情報量が雲泥うんでいの差では?」

ロビンは動じることなく織歌おりかの視線を受け止めて、悪びれる様子もなく肩をすくめた。

「でも、ここまで辿たどり着いたでしょ?」
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