怪異から論理の糸を縒る

板久咲絢芽

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5-2 夢の浮橋 side B

6 鶏か卵か

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「えーと、つまり、さっきまでの話と合わせると、リャナン・シーとして見做みなした生霊いきりょうだった、というのが今回の顛末てんまつということですか?」
「話が早いな……まあ、そういうことなんだけど」

んー、と織歌おりかはフォークをチーズケーキに刺して少しばかり考えを巡らせる。

「となると、結局、その生霊いきりょうってどこのどなたなんでしょう?」

織歌おりかのその問いに、ロビンはすぐには答えず、紅茶を口にする。
織歌おりかもマイペースにロビンの答えを待ちつつ、切り崩したチーズケーキを口に運ぶ。

「……オリカは、どう考える?」
「少なくとも私達が存じ上げない方であって、もしかすると高橋さんもご存知でない方かもしれない、とは思いますけど」

後者に該当するならそれは最早もはやストーカーになりかねないものだと思うので、それはそれで大丈夫かな、と織歌おりかは思う。
ホラーはホラーでも生きてる人間こそが一番怖いオチのサイコホラーになりかねない。

「……リャナン・シーLeannan-sidheはその善悪を明確にするのが少々難しい善き隣人good fellowsだ」
「確かに、影響にはメリットとデメリットがありますもんね。これ、対価の関係とも言えますか?」

リャナン・シーと被害者の間のメリット、デメリットを単純に図式化すれば、自身を犠牲に女神に才能をう、となる。
『ベニスの商人』でもあるまいに、そんな取引が成り立ってたまるか、なのだが、それはそれ人間間のアレソレ
人身御供ひとみごくうを考えれば、宗教儀礼や呪術の考え方としてはよくあるものである。

「え、あ、うん、それは、そうだけど……それ、今回は副次的効果だと思う」
「今回の本質ではない、と?」
「本質は生霊いきりょうだし、たぶんだからね」

逆。
ロビンのその言葉の意味をフォークをもてあそびつつ、とっくりと考えて、ああ、と織歌おりかは声を上げた。

「もしかして、順番が?」
「うん、こっちの領分の事象としては生霊いきりょうの方が先。そっちの方が、納得できる」

そこでもう一度、紅茶を一口飲んでから、実際、とロビンは切り出す。

「オリカ、資料を読んで言ってただろ? 以後が激的に様変わりしてるけど、って」
「ええ、はい」

確かにそう評したのは他ならぬ織歌おりか自身だ。
とはいえ、このメンバー内でなら一番そういう審美眼が高いと言われたのは、あまり納得してないけれど。

「確かに以後はこう、大々的に制作費を投入されて作成された名作映画、と言った最早もはや万人受けするレベルで、以前は少しかじったレベルの人なら、お!、と思う感じ……だとは思いましたけど」
「その時点で十二分にライターとしてはうまいでしょ。あの後、センセイがナオにも意見求めてたけど、ナオももともとが普通にうまいって言ってた」

そういう風に本業に聞く方が手っ取り早いのでは、わさわざ自分を経由する必要はなかったのでは、と織歌おりかはうっすら思ったが、一方で自分は世間一般のモデルケースの一つにされた可能性がある、とも考えて少しもやが晴れたような感覚を覚える。

「だから、逆が考えられる。まして本質が生霊いきりょうであるなら」
「才能がもともとある所に生霊いきりょうが現れて、それが高橋さんの認識において、無意識でリャナン・シーに繋がった、ということですね」
「うん。現代における生霊いきりょうは何をやってもたかが知れたレベルでしかない。よっぽど信心深いか、心当たりがあるか、あるいは、あんな事にはならない」

確かに自分達が支持する内容からすれば、六条御息所ろくじょうのみやすどころのような平安と比べれば、現代における生霊いきりょうに対して感じる脅威というものは芥子粒けしつぶひとしいので、たかが知れる、というのはわかる。
ある意味、自己催眠みたいなものといえば、そうなわけだし、と織歌おりかはふむ、とその点においては納得する。
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