164 / 266
5-1 夢の浮橋 side A
14 深淵が覗く時
しおりを挟む
え、と思わず純也が聞き返すと、紀美は笑顔のまま頬杖をついた。
「同じだよ。どれもその本質は、埋めきれない欠けを補うための他力本願、人では埋まらないはずの一欠を埋めるための行為だ」
直人もロビンも、無言のまま、紀美のその言葉を否定する様子はない。
「人事を尽くして天命を待つ、とは言うけれど、ならばお呪いやお祓いは、人事と天命、どちらだろうね?」
「……人が行う行為ではあるので、人事、じゃないですか?」
「うん。でも、お呪いやお祓いはね、その人事で天命を思う通りに動かそうとしている、ということでもあるよ。お呪いは天運を引き寄せる行為で、お祓いは魔を切り捨てて、運気をリセットするようなものなのだから。天運も魔も、人には本来制御権のないものだ。キミは」
不意に紀美の声が低くなる。
細められていたはずの榛色の目がまっすぐに純也を見ていた。
その視線から何も窺うことはできない。
窺えないというよりは、得体が知れない。
濁った水や逆巻く水面ではなく、静かに深過ぎるが故に底知れない鏡面のような泉。その口から放たれる言葉は、その満々とした深い泉の縁から溢れ落ちる冷たい清水。
そんなイメージが純也の脳裏をよぎる。
「もうそれを、身を以て知っている、そうだろ?」
直後、首筋に躊躇うような甘い息遣いを感じた。
周囲の席から聞こえる雑音が遠退いて、その息遣いの気配だけがやたらと濃くなるが、先程の耳を擽った笑い声よりは、少しだけ気配が遠い。
ロビンの視線が、決してその目つきの悪さだけではない剣呑さを含んで、監視のように純也を通り越した後ろを見ている。
メモを摘んだ指先に変な力が入って、くしゃ、と小さな音を立てた。
「高橋くん、大丈夫?」
「まず僕とロビンがいれば、それ以上はどうもできないはずだから、落ち着いて」
「……十字が崩れなければ、護符としては有効なままだから、握りしめないでね」
「……は、はい」
直人、紀美、ロビンの順で声をかけられて、水中から引き上げられたような錯覚と目眩に襲われつつ、純也《じゅんや》はなんとかそう答えた。
すると、ロビンがその目に宿した剣呑さを収めないまま、じろりと隣の紀美を睨みつける。
「センセイが不用意に脅かすのが悪い」
「えー」
ばっさりとそう切り捨てられたことに不満げな声を上げる紀美に、直人までもが、生温い視線を向ける。
「うん、紀美くんはもう少し、自分の凄みの極端さを気にかけた方がいいと俺も思う」
「直くんまでそう言うー?」
さっきまでの神々しいのか禍々しいのかもわからない得体の知れなさはどこへやら、紀美は極めて失礼なく表現するのが難しい、不満たらたら、所謂ぶーたれた態度で反論している。
その大人げない人間らしい態度に、純也はほっと小さくため息をついた。
「同じだよ。どれもその本質は、埋めきれない欠けを補うための他力本願、人では埋まらないはずの一欠を埋めるための行為だ」
直人もロビンも、無言のまま、紀美のその言葉を否定する様子はない。
「人事を尽くして天命を待つ、とは言うけれど、ならばお呪いやお祓いは、人事と天命、どちらだろうね?」
「……人が行う行為ではあるので、人事、じゃないですか?」
「うん。でも、お呪いやお祓いはね、その人事で天命を思う通りに動かそうとしている、ということでもあるよ。お呪いは天運を引き寄せる行為で、お祓いは魔を切り捨てて、運気をリセットするようなものなのだから。天運も魔も、人には本来制御権のないものだ。キミは」
不意に紀美の声が低くなる。
細められていたはずの榛色の目がまっすぐに純也を見ていた。
その視線から何も窺うことはできない。
窺えないというよりは、得体が知れない。
濁った水や逆巻く水面ではなく、静かに深過ぎるが故に底知れない鏡面のような泉。その口から放たれる言葉は、その満々とした深い泉の縁から溢れ落ちる冷たい清水。
そんなイメージが純也の脳裏をよぎる。
「もうそれを、身を以て知っている、そうだろ?」
直後、首筋に躊躇うような甘い息遣いを感じた。
周囲の席から聞こえる雑音が遠退いて、その息遣いの気配だけがやたらと濃くなるが、先程の耳を擽った笑い声よりは、少しだけ気配が遠い。
ロビンの視線が、決してその目つきの悪さだけではない剣呑さを含んで、監視のように純也を通り越した後ろを見ている。
メモを摘んだ指先に変な力が入って、くしゃ、と小さな音を立てた。
「高橋くん、大丈夫?」
「まず僕とロビンがいれば、それ以上はどうもできないはずだから、落ち着いて」
「……十字が崩れなければ、護符としては有効なままだから、握りしめないでね」
「……は、はい」
直人、紀美、ロビンの順で声をかけられて、水中から引き上げられたような錯覚と目眩に襲われつつ、純也《じゅんや》はなんとかそう答えた。
すると、ロビンがその目に宿した剣呑さを収めないまま、じろりと隣の紀美を睨みつける。
「センセイが不用意に脅かすのが悪い」
「えー」
ばっさりとそう切り捨てられたことに不満げな声を上げる紀美に、直人までもが、生温い視線を向ける。
「うん、紀美くんはもう少し、自分の凄みの極端さを気にかけた方がいいと俺も思う」
「直くんまでそう言うー?」
さっきまでの神々しいのか禍々しいのかもわからない得体の知れなさはどこへやら、紀美は極めて失礼なく表現するのが難しい、不満たらたら、所謂ぶーたれた態度で反論している。
その大人げない人間らしい態度に、純也はほっと小さくため息をついた。
0
あなたにおすすめの小説
意味が分かると怖い話(解説付き)
彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです
読みながら話に潜む違和感を探してみてください
最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください
実話も混ざっております
女子切腹同好会
しんいち
ホラー
どこにでもいるような平凡な女の子である新瀬有香は、学校説明会で出会った超絶美人生徒会長に憧れて私立の女子高に入学した。そこで彼女を待っていたのは、オゾマシイ運命。彼女も決して正常とは言えない思考に染まってゆき、流されていってしまう…。
はたして、彼女の行き着く先は・・・。
この話は、切腹場面等、流血を含む残酷シーンがあります。御注意ください。
また・・・。登場人物は、だれもかれも皆、イカレテいます。イカレタ者どものイカレタ話です。決して、マネしてはいけません。
マネしてはいけないのですが……。案外、あなたの近くにも、似たような話があるのかも。
世の中には、知らなくて良いコト…知ってはいけないコト…が、存在するのですよ。
「お前のカメラ、ずっと映ってるよ」〜ホラースポット配信者が気づいた時には、もう遅かった〜
まさき
ホラー
ホラースポット専門のYouTuber・桐島悠は、霊も怪異も一切信じない合理主義者だ。
ある廃病院での配信中、今まで感じたことのない「違和感」を覚えた。しかし撮影は無事終了。その後も普通に配信を続け、あの夜のことなど忘れかけていた頃——深夜、金縛りにあう。
疲れてるだけだ。
しかし、それは始まりに過ぎなかった。
記憶の空白。知らない足跡。動画に毎回映り込む、同じ女の姿。そして——「やっと、見つけた」という声。
カメラが映し続けていたのは、心霊スポットではなかった。もっとずっと、近いところにいるものだった。
行き遅れた私は、今日も幼なじみの皇帝を足蹴にする
九條葉月
キャラ文芸
「皇帝になったら、迎えに来る」幼なじみとのそんな約束を律儀に守っているうちに結婚適齢期を逃してしまった私。彼は無事皇帝になったみたいだけど、五年経っても迎えに来てくれる様子はない。今度会ったらぶん殴ろうと思う。皇帝陛下に会う機会なんてそうないだろうけど。嘆いていてもしょうがないので結婚はすっぱり諦めて、“神仙術士”として生きていくことに決めました。……だというのに。皇帝陛下。今さら私の前に現れて、一体何のご用ですか?
※AI不使用です
✿ 私は夫のことが好きなのに、彼は私なんかよりずっと若くてきれいでスタイルの良い女が好きらしい
設楽理沙
ライト文芸
累計ポイント110万ポイント超えました。皆さま、ありがとうございます。❀
結婚後、2か月足らずで夫の心変わりを知ることに。
結婚前から他の女性と付き合っていたんだって。
それならそうと、ちゃんと話してくれていれば、結婚なんて
しなかった。
呆れた私はすぐに家を出て自立の道を探すことにした。
それなのに、私と別れたくないなんて信じられない
世迷言を言ってくる夫。
だめだめ、信用できないからね~。
さようなら。
*******.✿..✿.*******
◇|日比野滉星《ひびのこうせい》32才 会社員
◇ 日比野ひまり 32才
◇ 石田唯 29才 滉星の同僚
◇新堂冬也 25才 ひまりの転職先の先輩(鉄道会社)
2025.4.11 完結 25649字
ヤクザに医官はおりません
ユーリ(佐伯瑠璃)
ライト文芸
彼は私の知らない組織の人間でした
会社の飲み会の隣の席のグループが怪しい。
シャバだの、残弾なしだの、会話が物騒すぎる。刈り上げ、角刈り、丸刈り、眉毛シャキーン。
無駄にムキムキした体に、堅い言葉遣い。
反社会組織の集まりか!
ヤ◯ザに見初められたら逃げられない?
勘違いから始まる異文化交流のお話です。
※もちろんフィクションです。
小説家になろう、カクヨムに投稿しています。
邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ
零
BL
鍛えられた肉体、高潔な魂――
それは選ばれし“供物”の条件。
山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。
見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。
誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。
心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる