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5-1 夢の浮橋 side A
14 深淵が覗く時
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え、と思わず純也が聞き返すと、紀美は笑顔のまま頬杖をついた。
「同じだよ。どれもその本質は、埋めきれない欠けを補うための他力本願、人では埋まらないはずの一欠を埋めるための行為だ」
直人もロビンも、無言のまま、紀美のその言葉を否定する様子はない。
「人事を尽くして天命を待つ、とは言うけれど、ならばお呪いやお祓いは、人事と天命、どちらだろうね?」
「……人が行う行為ではあるので、人事、じゃないですか?」
「うん。でも、お呪いやお祓いはね、その人事で天命を思う通りに動かそうとしている、ということでもあるよ。お呪いは天運を引き寄せる行為で、お祓いは魔を切り捨てて、運気をリセットするようなものなのだから。天運も魔も、人には本来制御権のないものだ。キミは」
不意に紀美の声が低くなる。
細められていたはずの榛色の目がまっすぐに純也を見ていた。
その視線から何も窺うことはできない。
窺えないというよりは、得体が知れない。
濁った水や逆巻く水面ではなく、静かに深過ぎるが故に底知れない鏡面のような泉。その口から放たれる言葉は、その満々とした深い泉の縁から溢れ落ちる冷たい清水。
そんなイメージが純也の脳裏をよぎる。
「もうそれを、身を以て知っている、そうだろ?」
直後、首筋に躊躇うような甘い息遣いを感じた。
周囲の席から聞こえる雑音が遠退いて、その息遣いの気配だけがやたらと濃くなるが、先程の耳を擽った笑い声よりは、少しだけ気配が遠い。
ロビンの視線が、決してその目つきの悪さだけではない剣呑さを含んで、監視のように純也を通り越した後ろを見ている。
メモを摘んだ指先に変な力が入って、くしゃ、と小さな音を立てた。
「高橋くん、大丈夫?」
「まず僕とロビンがいれば、それ以上はどうもできないはずだから、落ち着いて」
「……十字が崩れなければ、護符としては有効なままだから、握りしめないでね」
「……は、はい」
直人、紀美、ロビンの順で声をかけられて、水中から引き上げられたような錯覚と目眩に襲われつつ、純也《じゅんや》はなんとかそう答えた。
すると、ロビンがその目に宿した剣呑さを収めないまま、じろりと隣の紀美を睨みつける。
「センセイが不用意に脅かすのが悪い」
「えー」
ばっさりとそう切り捨てられたことに不満げな声を上げる紀美に、直人までもが、生温い視線を向ける。
「うん、紀美くんはもう少し、自分の凄みの極端さを気にかけた方がいいと俺も思う」
「直くんまでそう言うー?」
さっきまでの神々しいのか禍々しいのかもわからない得体の知れなさはどこへやら、紀美は極めて失礼なく表現するのが難しい、不満たらたら、所謂ぶーたれた態度で反論している。
その大人げない人間らしい態度に、純也はほっと小さくため息をついた。
「同じだよ。どれもその本質は、埋めきれない欠けを補うための他力本願、人では埋まらないはずの一欠を埋めるための行為だ」
直人もロビンも、無言のまま、紀美のその言葉を否定する様子はない。
「人事を尽くして天命を待つ、とは言うけれど、ならばお呪いやお祓いは、人事と天命、どちらだろうね?」
「……人が行う行為ではあるので、人事、じゃないですか?」
「うん。でも、お呪いやお祓いはね、その人事で天命を思う通りに動かそうとしている、ということでもあるよ。お呪いは天運を引き寄せる行為で、お祓いは魔を切り捨てて、運気をリセットするようなものなのだから。天運も魔も、人には本来制御権のないものだ。キミは」
不意に紀美の声が低くなる。
細められていたはずの榛色の目がまっすぐに純也を見ていた。
その視線から何も窺うことはできない。
窺えないというよりは、得体が知れない。
濁った水や逆巻く水面ではなく、静かに深過ぎるが故に底知れない鏡面のような泉。その口から放たれる言葉は、その満々とした深い泉の縁から溢れ落ちる冷たい清水。
そんなイメージが純也の脳裏をよぎる。
「もうそれを、身を以て知っている、そうだろ?」
直後、首筋に躊躇うような甘い息遣いを感じた。
周囲の席から聞こえる雑音が遠退いて、その息遣いの気配だけがやたらと濃くなるが、先程の耳を擽った笑い声よりは、少しだけ気配が遠い。
ロビンの視線が、決してその目つきの悪さだけではない剣呑さを含んで、監視のように純也を通り越した後ろを見ている。
メモを摘んだ指先に変な力が入って、くしゃ、と小さな音を立てた。
「高橋くん、大丈夫?」
「まず僕とロビンがいれば、それ以上はどうもできないはずだから、落ち着いて」
「……十字が崩れなければ、護符としては有効なままだから、握りしめないでね」
「……は、はい」
直人、紀美、ロビンの順で声をかけられて、水中から引き上げられたような錯覚と目眩に襲われつつ、純也《じゅんや》はなんとかそう答えた。
すると、ロビンがその目に宿した剣呑さを収めないまま、じろりと隣の紀美を睨みつける。
「センセイが不用意に脅かすのが悪い」
「えー」
ばっさりとそう切り捨てられたことに不満げな声を上げる紀美に、直人までもが、生温い視線を向ける。
「うん、紀美くんはもう少し、自分の凄みの極端さを気にかけた方がいいと俺も思う」
「直くんまでそう言うー?」
さっきまでの神々しいのか禍々しいのかもわからない得体の知れなさはどこへやら、紀美は極めて失礼なく表現するのが難しい、不満たらたら、所謂ぶーたれた態度で反論している。
その大人げない人間らしい態度に、純也はほっと小さくため息をついた。
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