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5-1 夢の浮橋 side A
8 夢境
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「ストーカー、ですか?」
「リャナン・シーは獲物をその理想に則った、獲物にしか見えない女の姿で魅了し、その芸術家としての才能を引きずり出しつつも、引き換えにその精も根も吸い尽くして殺す。マン島の、より凶暴な逸話と合わせて、吸血鬼の一種と言われるようにね……まあ、吸血鬼と吸精鬼は似たようなもんとして扱われるからいいとして」
ちら、と減り具合を確認するのか、牽制なのか、茄子の揚げ浸しの方に一度視線を向けてから、紀美は続ける。
「けれど、その一方で、定めた獲物に愛を乞うても、顧みられぬリャナン・シーは、その男が己を顧みるまで従順に尽くす、とも言う。逆に顧みた途端に、最早搾り取られる獲物と成り果てるわけだけど。ただ、キミの様子からして、そもそもキミがリャナン・シーを受け入れているわけではないし、実際キミの現実にリャナン・シーが現れていないという証言が取れた」
だからね、と紀美はにこりと笑った。
「発想の転換が必要だ、と思うわけだ」
そう言った紀美の前に、ロビンがことりと茄子の揚げ浸しをよそった小皿を置いた。
「接点は主に夢。これをどう取るか」
言ってから紀美は茄子の揚げ浸しを口に入れる。
遅れて、直人が小皿によそった茄子の揚げ浸しを純也の前に置いてくれる。
「あ、どうも……確かに、夢だけですね」
「……Somnus imago mortis.」
何語か分からぬ言葉を唐突に口走ったのは、目の前でもきゅもきゅと茄子を美味しそうに咀嚼する紀美ではなく、その隣のロビンだった。
「眠りは死の似姿。夢は古来から境界的な異域。つまり、ヒトでないものの領分とヒトのあわい。『仏は常にいませども、現ならぬぞあわれなる、人の音せぬ暁に、ほのかに夢に見え給う』」
つかえることなく、ロビンは表情を変えずに続けて、そのまま唐揚げを口に運んでしまった。
記憶が確かなら、今のは『梁塵秘抄』の中の今様だったとは思うのだが、この外国人の青年がカンペすらも持たず、なんの準備もなしに暗唱したというなら、先程のちょっと直人との不穏な会話にも合点がいく。
その後、茄子を飲み込んだ紀美が引き継ぐように口を開いた。
鮮やかな師弟の連携プレイというには食欲に支配され過ぎてる気もする。
「古代ギリシャの医術の神、アスクレーピオスの神殿では、患者達はそこで身を横たえ、神によって夢を経由して齎される施術を心待ちにしたという。中世日本においても、神仏に対して夢のお告げを求めて寺社に逗留する、参籠という参拝方法が現れた。どちらも、上位存在と人がコンタクトを取るためのツールとして夢を利用している。『旧約聖書』創世記のヨセフは夢のお告げでその成功を確約されたし、『新約聖書』のマタイの福音書では直接天使から啓示を受けたマリアに対し、ナザレのヨセフは夢で天使から啓示を受けてる。摩耶夫人は夢を契機にお釈迦様を身ごもったし、崇神帝の代の大物主神の祟りや、法隆寺の夢殿の由来も似たようなもの。夢枕というやつだ。他に華胥之夢、胡蝶之夢、邯鄲之夢、夢を異界とする故事成語にも事欠かない」
「……でも、それって大体神様や仏様、ですよね」
茄子の揚げ浸しを小さく齧ってそういえば、紀美はきょとりと瞬きをする。
「違わないよ」
そして、正確に純也の言いたいことを読み取って否定した。
「リャナン・シーは獲物をその理想に則った、獲物にしか見えない女の姿で魅了し、その芸術家としての才能を引きずり出しつつも、引き換えにその精も根も吸い尽くして殺す。マン島の、より凶暴な逸話と合わせて、吸血鬼の一種と言われるようにね……まあ、吸血鬼と吸精鬼は似たようなもんとして扱われるからいいとして」
ちら、と減り具合を確認するのか、牽制なのか、茄子の揚げ浸しの方に一度視線を向けてから、紀美は続ける。
「けれど、その一方で、定めた獲物に愛を乞うても、顧みられぬリャナン・シーは、その男が己を顧みるまで従順に尽くす、とも言う。逆に顧みた途端に、最早搾り取られる獲物と成り果てるわけだけど。ただ、キミの様子からして、そもそもキミがリャナン・シーを受け入れているわけではないし、実際キミの現実にリャナン・シーが現れていないという証言が取れた」
だからね、と紀美はにこりと笑った。
「発想の転換が必要だ、と思うわけだ」
そう言った紀美の前に、ロビンがことりと茄子の揚げ浸しをよそった小皿を置いた。
「接点は主に夢。これをどう取るか」
言ってから紀美は茄子の揚げ浸しを口に入れる。
遅れて、直人が小皿によそった茄子の揚げ浸しを純也の前に置いてくれる。
「あ、どうも……確かに、夢だけですね」
「……Somnus imago mortis.」
何語か分からぬ言葉を唐突に口走ったのは、目の前でもきゅもきゅと茄子を美味しそうに咀嚼する紀美ではなく、その隣のロビンだった。
「眠りは死の似姿。夢は古来から境界的な異域。つまり、ヒトでないものの領分とヒトのあわい。『仏は常にいませども、現ならぬぞあわれなる、人の音せぬ暁に、ほのかに夢に見え給う』」
つかえることなく、ロビンは表情を変えずに続けて、そのまま唐揚げを口に運んでしまった。
記憶が確かなら、今のは『梁塵秘抄』の中の今様だったとは思うのだが、この外国人の青年がカンペすらも持たず、なんの準備もなしに暗唱したというなら、先程のちょっと直人との不穏な会話にも合点がいく。
その後、茄子を飲み込んだ紀美が引き継ぐように口を開いた。
鮮やかな師弟の連携プレイというには食欲に支配され過ぎてる気もする。
「古代ギリシャの医術の神、アスクレーピオスの神殿では、患者達はそこで身を横たえ、神によって夢を経由して齎される施術を心待ちにしたという。中世日本においても、神仏に対して夢のお告げを求めて寺社に逗留する、参籠という参拝方法が現れた。どちらも、上位存在と人がコンタクトを取るためのツールとして夢を利用している。『旧約聖書』創世記のヨセフは夢のお告げでその成功を確約されたし、『新約聖書』のマタイの福音書では直接天使から啓示を受けたマリアに対し、ナザレのヨセフは夢で天使から啓示を受けてる。摩耶夫人は夢を契機にお釈迦様を身ごもったし、崇神帝の代の大物主神の祟りや、法隆寺の夢殿の由来も似たようなもの。夢枕というやつだ。他に華胥之夢、胡蝶之夢、邯鄲之夢、夢を異界とする故事成語にも事欠かない」
「……でも、それって大体神様や仏様、ですよね」
茄子の揚げ浸しを小さく齧ってそういえば、紀美はきょとりと瞬きをする。
「違わないよ」
そして、正確に純也の言いたいことを読み取って否定した。
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