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5-1 夢の浮橋 side A
6 妖精の恋人
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「リャナン・シー」
唐突にそう言ったのは、またも紀美だった。
唐揚げにかぶりついて咀嚼してから飲み込むと、更に続ける。
「仮ではあるけど、起きた状況から逆算したら、たぶんその名前が一番相応しいだろ」
また唐揚げに齧りつきつつ、状況証拠もらっちゃったし、と小さく呟く。
それを受けて、ねぎを飲み込んだロビンが続ける。
「ナオからもらった事前資料、さっきも言った通り、母語話者じゃないボクだけじゃなくて、センセイと妹弟子達で確認した、んです」
「教養という点では一番の織歌が感嘆の溜息出したからね、最新の記事。そういう素養はない、姉弟子の沽券がーって嫌がった弘も、一目見て、うわって言ったし、そりゃバズるだろうね」
「……弘ちゃん何してんの」
「……ムダな抵抗」
怪訝な顔で小声の質問を投げた直人にまったく動じず答えるロビンの横で、フライドポテトをつまみあげた紀美は、ふっとそのにこやかな表情のトーンを落として、でも、と続ける。
「前の記事と比べたら、その異常性は明らかだとしか言いようがない」
「……ですよね」
言ってつまんだフライドポテトを口に投げ込むのまでサマになるので、なんとも美形は得である。
自分だって特別に書いたわけではない。何かに取り憑かれながら書いたのは事実上確かなのだが。
「あ、別に新しいのが異常に上手いだけであって、前のはとても丁寧で素朴で味があると、オリカ、妹弟子は言ってたので……」
「ロビンくん、それ下手にやると傷口に塩」
気を遣われたのが少し嬉しいような哀しいようなと思っていると、直人がツッコミを入れる。
「とりあえず、高橋くんが何かに下駄履かされて、代わりにこう、げっそりしてるっつーことだろ、紀美くん」
「うん。んで、何かじゃなくて、リャナン・シーってことにしておこう」
リャナ、と口中で繰り返して直人が言いにくそうにするのを、じっと見てねぎまの鳥をもごもごしていたロビンが、飲み込んでから口を開く。
「リャナン・シー、妖精の恋人。アイルランドやマン島にいるとされる善き隣人達……妖精。詩人にとっての運命の女と言っても過言ではないかな……まあ、善き隣人達、つまり妖精って日本の妖怪と大体同じなんだけど」
「何度も聞いてるけど、夢があるのかないのかわからない話だよなあ、それ」
「そこは両者共に大衆文化による感情のベクトルへの影響が多大にあるし……」
「あ、でも、アイルランドの文学かじった時に、少しは妖精の話、聞きましたね」
ロビンが善き隣人達を妖精と言い直すのを聞いて、純也は思い出していた。
ロビンの目が気持ち優しくこちらに向けられる。
「たしか、アイルランド語だと、ディーネ・マハとかディーネ・ベガ、とか婉曲表現があるんですよね」
「ディーネ・マハは善き隣人達と似たようなもので、ディーネ・ベガは……小人、みたいな呼び方、ですね」
「ところで、ロビンくん、そろそろかっこつけようとするのか、しないのか決めない? めっちゃ、日本語拙いだけに見える」
直人の気が抜けるツッコミに、ロビンが図星なのか凶悪な表情を返す。
それを見て紀美がけらけらと笑った。
「それにしちゃ語彙が多いんだけどね」
「センセイまで……」
「いや、俺、気にしないんで、どうぞ、楽に」
そう言えば、ロビンはその凶悪な顔のまま烏龍茶を口に含んだ。
唐突にそう言ったのは、またも紀美だった。
唐揚げにかぶりついて咀嚼してから飲み込むと、更に続ける。
「仮ではあるけど、起きた状況から逆算したら、たぶんその名前が一番相応しいだろ」
また唐揚げに齧りつきつつ、状況証拠もらっちゃったし、と小さく呟く。
それを受けて、ねぎを飲み込んだロビンが続ける。
「ナオからもらった事前資料、さっきも言った通り、母語話者じゃないボクだけじゃなくて、センセイと妹弟子達で確認した、んです」
「教養という点では一番の織歌が感嘆の溜息出したからね、最新の記事。そういう素養はない、姉弟子の沽券がーって嫌がった弘も、一目見て、うわって言ったし、そりゃバズるだろうね」
「……弘ちゃん何してんの」
「……ムダな抵抗」
怪訝な顔で小声の質問を投げた直人にまったく動じず答えるロビンの横で、フライドポテトをつまみあげた紀美は、ふっとそのにこやかな表情のトーンを落として、でも、と続ける。
「前の記事と比べたら、その異常性は明らかだとしか言いようがない」
「……ですよね」
言ってつまんだフライドポテトを口に投げ込むのまでサマになるので、なんとも美形は得である。
自分だって特別に書いたわけではない。何かに取り憑かれながら書いたのは事実上確かなのだが。
「あ、別に新しいのが異常に上手いだけであって、前のはとても丁寧で素朴で味があると、オリカ、妹弟子は言ってたので……」
「ロビンくん、それ下手にやると傷口に塩」
気を遣われたのが少し嬉しいような哀しいようなと思っていると、直人がツッコミを入れる。
「とりあえず、高橋くんが何かに下駄履かされて、代わりにこう、げっそりしてるっつーことだろ、紀美くん」
「うん。んで、何かじゃなくて、リャナン・シーってことにしておこう」
リャナ、と口中で繰り返して直人が言いにくそうにするのを、じっと見てねぎまの鳥をもごもごしていたロビンが、飲み込んでから口を開く。
「リャナン・シー、妖精の恋人。アイルランドやマン島にいるとされる善き隣人達……妖精。詩人にとっての運命の女と言っても過言ではないかな……まあ、善き隣人達、つまり妖精って日本の妖怪と大体同じなんだけど」
「何度も聞いてるけど、夢があるのかないのかわからない話だよなあ、それ」
「そこは両者共に大衆文化による感情のベクトルへの影響が多大にあるし……」
「あ、でも、アイルランドの文学かじった時に、少しは妖精の話、聞きましたね」
ロビンが善き隣人達を妖精と言い直すのを聞いて、純也は思い出していた。
ロビンの目が気持ち優しくこちらに向けられる。
「たしか、アイルランド語だと、ディーネ・マハとかディーネ・ベガ、とか婉曲表現があるんですよね」
「ディーネ・マハは善き隣人達と似たようなもので、ディーネ・ベガは……小人、みたいな呼び方、ですね」
「ところで、ロビンくん、そろそろかっこつけようとするのか、しないのか決めない? めっちゃ、日本語拙いだけに見える」
直人の気が抜けるツッコミに、ロビンが図星なのか凶悪な表情を返す。
それを見て紀美がけらけらと笑った。
「それにしちゃ語彙が多いんだけどね」
「センセイまで……」
「いや、俺、気にしないんで、どうぞ、楽に」
そう言えば、ロビンはその凶悪な顔のまま烏龍茶を口に含んだ。
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