怪異から論理の糸を縒る

板久咲絢芽

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5-1 夢の浮橋 side A

1 事の起こりは

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純也じゅんやはしがない文学系記事を中心としたライターだ。
とはいえ、昨今はライトなものばかりの依頼が来る。
こればかりは時代の潮流としか言いようもないので、本来は純文学志向の純也じゅんやとしても仕方がないと割り切ってはいるし、そうしたものも文学であると受け入れられる程度には文学を学んでいる、と自負している。

そんな純也じゅんやへの風当りが変わったのはつい一ヶ月前の事。
いつものようにライト文芸をピックアップしたウェブ記事の依頼を受けて、しっかりと下調べをした上でいつものように書いただけのはずだったのだが、これが予想外にバズった。

別に何の変哲もないものなのに、バズった。
なんなら、純文学志向系の他ライターからちょっと皮肉気味のおめの言葉を頂いた。
狐につままれたような顔とはこういう事かと、鏡とにらめっこをした。

ただ、その頃から少しばかり夢見が悪かったように思う。
漠然としか覚えていないが、カスタードクリームを胃にじかに注ぎ込まれるような、胃もたれするほど甘く重苦しい夢を見た気がしていた。

その一週間後、また別の記事がバズった。
やっぱりそんなつもりはなかった。
いつも通りにいつものように、丁寧ではあるがそれ以上にはならなさそうなレベル感で書いたはずなのに。

その頃から、顔見知りの同業者と顔を合わせると、心配そうな顔でどうかしたのか、と問われるようになった。
最初はやっかみか、自分でもわからん、と思っていたのだが、余りにも重なるので、鏡でよくよく自分の顔を見てみたがよくわからない。
普段の自分と見比べようと写真を探してみたが、五年以上前の大学時代のものしかなかったのであきらめた。

夢見は明らかに悪かった。
絶え間なく耳をくすぐるのは、心地がいいのに怖気おぞけの走る、女のくすくすとした嗜虐しぎゃくを含んだ笑い声。
やわく甘く、ほのかに湿って吸い付くような火照ほてった肌の質感。
そうして冷や汗だらけで飛び起きて、一、二度トイレにけ込むのが一週間ばかり続いて、仕事に打ち込むことで忘れようとした。

その翌週、またバズった。今回に至ってはウェブ版と冊子と両方で出るタイプのもので、冊子版でもやたら好評だったらしい。
が、それどころではなかった。
流石さすがに、嫌でもわかるほど自分がやつれたからだ。
夢見のせいだとは分かっていたが、なんであんな夢を見るのかわからない、というほどに鮮明な印象になっていた。
まして、大学時代にこっぴどくフラレて以降、純也じゅんやは女性に対して苦手意識しかなかったのだから、余計になんでかわからない。
だから冷や汗だらけで飛び起きて、吐き気をもよおしてトイレに駆け込んだり、少しうとうとする事すら気が抜けなかった。

結果、とうとう同業者どころか、顔を出した出版社の編集者にも心配された。
夢見が悪くて、と素直に言ったが、それでも心配された。
そこで名前が出てきたのが、正木まさき直人なおとだった。
少なくともどこか別の同業者から名前を聞いたような気はする。堅実さが持ち味なのに変な伝手つてを持ってるとかなんとか。

なんでも、前にその編集者も何らかの色々でその伝手つてにお世話になったとかなんとか言いながら、その場ですぐに連絡を取ってくれた。
そしてどうも向こうもいていたらしく、そのまま待つように、と言われて小一時間ばかり。

大柄とは言えないが、柔道などでもしていたのかと思わせる肩幅の広い、たくましいというべき体躯たいくの男がやって来たのだった。
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