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昔話2 弘の話
ποτνια θηρων 11
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弘は不思議そうに瞬きをして、それからきょろきょろと小さく見回しながら、首を傾げた。
「終わった、んですか?」
「うん。どう?」
頭の芯にある微かなおもりのような痛みを堪えて、弘に問う。
弘は不思議な顔をしたまま、手を握ったり開いたりを繰り返し、何度か深呼吸をしてから、僕を半ば呆然とした視線で見上げた。
「たぶん……たぶん、大丈夫です」
ロビンの方を見れば、ロビンはちらりと周囲に視線を配ってから、一つだけ頷いた。
ロビンの目でも大丈夫と判断できるなら大丈夫。結果オーライである。
「そしたら、僕、一応、樹さんに声かけて来るね。念の為、その間ロビンについててもらう、でいいかな、弘ちゃん」
「あ、はい。あの……ありがとう、ございます」
「というわけで、ロビン、よろしく」
「ん、任された」
心配をかけないよう、軽い目眩に足を踏ん張りつつ、辿り着いた襖を開ける。
そして、標縄を越えて、襖を閉めた。
流石にほっとしたのか、くらり、と一際強い目眩がして、たたらを踏み、閉ざした襖に軽く手をついて、大きく息を吸った。
はずだった。
突然、湿った土の匂いの冷たい空気が肺を満たしたものだから、思わず息を詰める。
ついた手の先は硬く押し固められた、それでも土を掘ったものだとわかる、でこぼことしてじっとりと濡れた土の感触に触れている。
足の下は同じような土の感触で、水平ではなく、前方に向け、緩やかに下りへと傾斜している。
いつもの左目のような、目を閉じてるか開いているかもわからぬ、普通の視覚が最早意味をなさない闇がり。
前方は開けているように感じ、後ろはただずっと斜め上の方向に坂になった道が続いているように感じた。
じわりとまた左目から、先程とは比べ物にならない、脳髄を焼くような熱が広がる。
微かに身動ぐ衣擦れの音が前方から聞こえて、そもそも見えないはずの左目が、そこに素い皎い女がいると訴えた。
それから、その後ろに標となる千人がかりで動かすのがようやっとの巨大な岩があり、そして、その向こうが生ける人の領分ならざる玄室であることを、湿り気と土と埃と黴の匂いのする、異質な空気が伝えていた。
千引石。道反大神。菊理媛。黄泉平坂。
そんな単語達が脳裏を過ぎる。
一瞬で、抜いていた気を引き締めた。
確かにさっきの内容は明らかにこっち系だったけど、そんなことある? という文句にも近い気持ちを唾とともに飲み込む。
端的に言えば、引き摺り込まれた、ということ。
いや、引き摺り込まれた経験、もともとあるけど、あそこはこんな暗くて狭い土の下ではなかった。
どんなに大きく息を吸っても、息苦しいのは、緊張のせいか、換気が悪いか。
さて、どちらだろう。案外両方か、と考えられる程度には落ち着いた。
素い女の気配は、どうやら、こちらを値踏みしているようだった。
「終わった、んですか?」
「うん。どう?」
頭の芯にある微かなおもりのような痛みを堪えて、弘に問う。
弘は不思議な顔をしたまま、手を握ったり開いたりを繰り返し、何度か深呼吸をしてから、僕を半ば呆然とした視線で見上げた。
「たぶん……たぶん、大丈夫です」
ロビンの方を見れば、ロビンはちらりと周囲に視線を配ってから、一つだけ頷いた。
ロビンの目でも大丈夫と判断できるなら大丈夫。結果オーライである。
「そしたら、僕、一応、樹さんに声かけて来るね。念の為、その間ロビンについててもらう、でいいかな、弘ちゃん」
「あ、はい。あの……ありがとう、ございます」
「というわけで、ロビン、よろしく」
「ん、任された」
心配をかけないよう、軽い目眩に足を踏ん張りつつ、辿り着いた襖を開ける。
そして、標縄を越えて、襖を閉めた。
流石にほっとしたのか、くらり、と一際強い目眩がして、たたらを踏み、閉ざした襖に軽く手をついて、大きく息を吸った。
はずだった。
突然、湿った土の匂いの冷たい空気が肺を満たしたものだから、思わず息を詰める。
ついた手の先は硬く押し固められた、それでも土を掘ったものだとわかる、でこぼことしてじっとりと濡れた土の感触に触れている。
足の下は同じような土の感触で、水平ではなく、前方に向け、緩やかに下りへと傾斜している。
いつもの左目のような、目を閉じてるか開いているかもわからぬ、普通の視覚が最早意味をなさない闇がり。
前方は開けているように感じ、後ろはただずっと斜め上の方向に坂になった道が続いているように感じた。
じわりとまた左目から、先程とは比べ物にならない、脳髄を焼くような熱が広がる。
微かに身動ぐ衣擦れの音が前方から聞こえて、そもそも見えないはずの左目が、そこに素い皎い女がいると訴えた。
それから、その後ろに標となる千人がかりで動かすのがようやっとの巨大な岩があり、そして、その向こうが生ける人の領分ならざる玄室であることを、湿り気と土と埃と黴の匂いのする、異質な空気が伝えていた。
千引石。道反大神。菊理媛。黄泉平坂。
そんな単語達が脳裏を過ぎる。
一瞬で、抜いていた気を引き締めた。
確かにさっきの内容は明らかにこっち系だったけど、そんなことある? という文句にも近い気持ちを唾とともに飲み込む。
端的に言えば、引き摺り込まれた、ということ。
いや、引き摺り込まれた経験、もともとあるけど、あそこはこんな暗くて狭い土の下ではなかった。
どんなに大きく息を吸っても、息苦しいのは、緊張のせいか、換気が悪いか。
さて、どちらだろう。案外両方か、と考えられる程度には落ち着いた。
素い女の気配は、どうやら、こちらを値踏みしているようだった。
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