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昔話2 弘の話

ποτνια θηρων 9

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苦い顔をしたひろに、僕は力を抜いて笑いかけた。

ひろちゃん、難しく考えなくていいよ。大事なのは、キミがそうした文脈コンテクストを踏まえて、この犬達をべる女王として君臨せねばならない実情をどこまで認識できるかってこと」
「でも、葛城かつらぎさんの言う事、その……難しくて」

うつむいて視線を彷徨さまよわせた間から、それがオブラートに包むための間だとすぐにわかった。

「それは、受け入れるのが? それとも、理解が?」
「……」
「もし、後者なら気にしなくても、いいよ? このほんの少しで全部理解させるつもりもないし」
「はい?」

ひろが変な声を上げる。
ロビンが生温なまぬるい目で僕とひろに交互に視線を向けた。

「ただ、受け入れてもらえないと確度が下がるかなあ、とは」
「……理解、しなくていいんですか?」
「うん。勿論もちろん、理解する、しないだったら、した方が望ましくはあるけど、たぶんロビンだって納得はしてるけど、完全に理解はしてないでしょ?」
「センセイの考えに百パーついてける方がマレrare

じとりとした目でこちらを見たロビンが、そうすっぱり切り捨てた。
端的な言葉は最早もはや小気味こきみいいまである。

「まあ、ボクは理論自体は理解してるよ。細かいところや、その頭の中にまだ沢山ある補強材料は置いといて……どっちにしろ、センセイは反対してもやる気でしょ?」
「そりゃあ、頼まれたしね。それにさ、ダメ元だとしても、生きるか死ぬかの二者択一なんだから、試さないだけ損でしょ、今回は」
「でも、もし、失敗、したら」

ひろの目が不安げな視線を向けてくる。
まあ、それは最悪のifであって。

「まあ、最悪、二人はどうにか守ろうと思うけど? 野生の猟団ワイルド・ハントの文脈だけなら、たぶんなんとかなるから」
「……センセイ、ボクは二の次でいいからね」

そう言いながら、ロビンが目に見えて、複雑なじとっとした視線を寄越してくるのを、あえて無視して、笑う。

「そりゃまあ、もともとこの界隈かいわいでも非現実的なものを継いできてるからね、うち。だから、無責任に期待していいし、どうにもならなかったら八つ当たりしてくれていいよ?」
「いえ、流石さすがに、そんなことは」
「うん、ひろちゃんはしないよね。こうして少し話してみただけでも、わかるよ。キミは少し独特な感性をしてる部分もあるけど、とても真面目まじめで自分の力に矜持きょうじのある女の子だもの」

そう言うと、ひろ狼狽うろたえて、う、と小さくうめくと、少し顔を赤くした。
照れてる反応が思ったよりも、褒められ慣れてなさそうだなあ。いつきさんもりつくんも褒めてあげてよ、と思ってしまう。

「いい子には、むくいがないと。キミは、その本能から生まれる獣を手懐てなずけ、べる主人にして女王たる理性と成らねばならない。そうなれば、それを自由に制御できるはず。キミのそれは犬神いぬがみではなく、北欧神話におけるフィルギャとか、脱魂だっこんというと少しばかり語弊があるかもだけど、キミ自身の手で制御できるはずの、いい子であるキミの中で独立した、負の側面も持つ魂の一部だ。ほら、そうすると、さっきの地母神の話と理屈が似てるだろ?」
「……それは、そう、なの、か、な?」

まだちょっと懐疑的なところがあるのは仕方ない。
そもそも僕は、言葉というしかあやつれないのだから、胡散臭うさんくさいのである。

「ふふ、そうするのが僕の役目だからね。とりあえず、ダメ元のつもりでもいいから、やろ?」

ね? とひろの顔をのぞき込むと、とても器用に座ったまま、そして、何故だか胡瓜きゅうりを見た猫のように飛び上がった勢いのまま立ち上がってから、自分のした事に驚き照れつつも、はい、と返してきたのだった。
そして、やっぱり何故だか、ロビンからは、やたら突き刺さる視線を送られた。
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