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昔話2 弘の話
犬神 8
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「……非正規の霊能者は時として、その家独自の神を祀った。それが御子神なんて呼ばれるように自身の先祖が神に連なるが故に、その直近子孫を神として祀る、つまりはやがて自身もその信仰対象の末席に加わる前提の祖霊信仰の変形だね。彼らは対価を得て他者を救いもするし、他者のためにも動く、これは今の僕らと同じ。だが、そういう家が対価を得るわけでもないのに、利益を得る形で不幸が生じることが続けば、当然のように周囲が距離感を保つ感情は敬遠から忌避に転換し、やがては侮蔑と成り果て、関係性は悪循環に陥り、その文脈における『本当』が現実になる」
まあ、その事態の善し悪しと、その事態があること自体は別の話だ。
そも事の善し悪しなんて価値観で変わるのだし。
「なので、弘ちゃんは非常にがんばったと思うよ?」
「はい……はい?」
反射的に受け答えをして、それから弘は首を傾げた。
唐突に褒められたよりは話を振られた方にびっくりしてるらしい。
「キミがいじめの標的になった時点で、犬神を発生させる条件を満たしてた、と考えられるからね。唐国の家は古いけど、禰宜や祝というわけじゃない、寺社仏閣に属さない民間信仰の霊能者の家で、そこに母方からの山陰の方の、これももしかしたら民間信仰の霊能者の血が入っている。そこにキミがいじめを受けた時点で、学校社会という極めて狭い範囲、それこそかつての村社会のような環境で、虐げられる民間信仰の霊能者の図式を作られてしまった。そうなれば……」
「ああ、あとは引き金さえ引けばいいってことだね」
ロビンがため息をついて続きを引き取ってくれる。
「センセイの論から言えば、図面が犬神憑きの扱われ方と同じになったから、決定的な引き金で犬神が発生した。論理学で言うところの逆。『犬神憑きならば、虐げられた霊能者である』に対する、『虐げられた霊能者ならば、犬神憑きである』になった。そういうコトでしょ?」
確認するようにロビンがこちらを見る。
うーん、論理としては完璧。
論理学における逆が常に真とは限らない通り、今回のこの逆も本来は真偽は定かではないものなのだけど、今の状況を考えれば、現実は真にすることに寄ったのだ。
「うん、そう。だから、彼らの自業自得でもあるし、発生したタイミングからすれば、そこに至って漸く弘ちゃんが呪った、つまり怒ったってなる。よく耐えたんじゃない?」
「……そう、なん、でしょう、か?」
自身が無さそうに弘は呟く。
「逆に抑圧しすぎた反動でこうして事象として成った可能性もなくはないけど……これは結果論でしかないから気にするだけ無駄なので捨てといて、それよりその後の対処が僕ら的には問題かな」
「でもセンセイ、それも結果論で終わりじゃない?」
ロビンの問いに、まあね、とため息混じりで答える。
「弘ちゃんが聞こえたっていう犬の声が、気のせいか、外でリアルに犬が鳴いてたかに帰着できて、さらに犬神って繰り返されなければ、たぶんここまでにはならなかったと思う。あくまで僕の理論からすれば、だけど」
そういうと、弘は見るからにしゅんと肩を落として口を開いた。
「……ええと、わたしが、犬という方向性を与えてしまって、その後、いろいろな方に見てもらったことでさらにそれが繰り返されたからってこと、ですか?」
「まあ、そうなる。でも始点については仕方ないよ。その後の一般的視点も仕方ない。僕らの方が異端だ」
でも、とその先を少しの呆れを混ぜて口にする。
「一番頂けないのは過激派の一件だなあ……弘ちゃん、今度顔合わせたら、『ねえ今どんな気持ち?』って聞いてやるといいよ?」
「え……と、でも」
不安げな表情を見せた弘に対して、ロビンがくすりと笑った。
「センセイ、勝算、あるんだ?」
「あるよ。でなきゃこんな事言わない」
ロビンと僕の間で視線を行ったり来たりさせる弘に、僕はにやりと笑ってみせる。
「だから、弘ちゃん、過激派見返そうね?」
まあ、その事態の善し悪しと、その事態があること自体は別の話だ。
そも事の善し悪しなんて価値観で変わるのだし。
「なので、弘ちゃんは非常にがんばったと思うよ?」
「はい……はい?」
反射的に受け答えをして、それから弘は首を傾げた。
唐突に褒められたよりは話を振られた方にびっくりしてるらしい。
「キミがいじめの標的になった時点で、犬神を発生させる条件を満たしてた、と考えられるからね。唐国の家は古いけど、禰宜や祝というわけじゃない、寺社仏閣に属さない民間信仰の霊能者の家で、そこに母方からの山陰の方の、これももしかしたら民間信仰の霊能者の血が入っている。そこにキミがいじめを受けた時点で、学校社会という極めて狭い範囲、それこそかつての村社会のような環境で、虐げられる民間信仰の霊能者の図式を作られてしまった。そうなれば……」
「ああ、あとは引き金さえ引けばいいってことだね」
ロビンがため息をついて続きを引き取ってくれる。
「センセイの論から言えば、図面が犬神憑きの扱われ方と同じになったから、決定的な引き金で犬神が発生した。論理学で言うところの逆。『犬神憑きならば、虐げられた霊能者である』に対する、『虐げられた霊能者ならば、犬神憑きである』になった。そういうコトでしょ?」
確認するようにロビンがこちらを見る。
うーん、論理としては完璧。
論理学における逆が常に真とは限らない通り、今回のこの逆も本来は真偽は定かではないものなのだけど、今の状況を考えれば、現実は真にすることに寄ったのだ。
「うん、そう。だから、彼らの自業自得でもあるし、発生したタイミングからすれば、そこに至って漸く弘ちゃんが呪った、つまり怒ったってなる。よく耐えたんじゃない?」
「……そう、なん、でしょう、か?」
自身が無さそうに弘は呟く。
「逆に抑圧しすぎた反動でこうして事象として成った可能性もなくはないけど……これは結果論でしかないから気にするだけ無駄なので捨てといて、それよりその後の対処が僕ら的には問題かな」
「でもセンセイ、それも結果論で終わりじゃない?」
ロビンの問いに、まあね、とため息混じりで答える。
「弘ちゃんが聞こえたっていう犬の声が、気のせいか、外でリアルに犬が鳴いてたかに帰着できて、さらに犬神って繰り返されなければ、たぶんここまでにはならなかったと思う。あくまで僕の理論からすれば、だけど」
そういうと、弘は見るからにしゅんと肩を落として口を開いた。
「……ええと、わたしが、犬という方向性を与えてしまって、その後、いろいろな方に見てもらったことでさらにそれが繰り返されたからってこと、ですか?」
「まあ、そうなる。でも始点については仕方ないよ。その後の一般的視点も仕方ない。僕らの方が異端だ」
でも、とその先を少しの呆れを混ぜて口にする。
「一番頂けないのは過激派の一件だなあ……弘ちゃん、今度顔合わせたら、『ねえ今どんな気持ち?』って聞いてやるといいよ?」
「え……と、でも」
不安げな表情を見せた弘に対して、ロビンがくすりと笑った。
「センセイ、勝算、あるんだ?」
「あるよ。でなきゃこんな事言わない」
ロビンと僕の間で視線を行ったり来たりさせる弘に、僕はにやりと笑ってみせる。
「だから、弘ちゃん、過激派見返そうね?」
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