上 下
218 / 266
昔話2 弘の話

犬神 2

しおりを挟む
「えー、気を取り直して、それで?」

仕切り直すと、ひろは畳に目を落として、口を開いた。

「最初は無視ぐらいだったので、まあ……そんなものか、と軽く流していました」
「……センセイもだけど、無視ぐらいってなるの?」
「日本の学校において、無視程度ならぶっちゃけ、精神攻撃なだけで、実害がないからねえ。健康なことが大前提だけど」
「そうですね。わたしも、こっち方向以外は健康が取り柄みたいなものなので……むしろノートは貸す側でしかなかったですし」

精神攻撃といっても、別段気にしなければかないぐらいですらある。
学校の先生に二人組だのチームだの作れと言われて余ったって、それは無視する側の落ち度であって、怒られる筋合いも落ち込む筋合いもない。先生は胃が痛かろうが、それも無視する側のせい。
それより何より、物理的損害がないのは大きい。

「結局、こういう家だと大なり小なり、小学校の時点から若干の壁はある……僕は特殊事例重なり過ぎだったけど」
「まあ、ありますよね……親によっては詐欺師だとか吹き込みますからね、今の時代」
「……人間って、やっぱりそうは変わらないんだね」

三者三様でなんだか世知辛い世の中にしみじみしてしまう。

「で、最初はってことはその後は物的損害になってくるか」

無理矢理に話を戻せば、ひろはまた力なく微笑ほほえむ。

「まあ、隠された、は序の口です」
「やる側的には逆っぽいけどさ、壊されるより、隠される方がめんどいよね。壊されたらあきらめればいいけど、隠されたら探さなきゃならない」
「センセイ、面倒くさがりと物持ちの悪さが出てる」
「失礼な、あきらめが良いだけだよ」

あんまり湿っぽくなるのも嫌だったがゆえの本音混じりの軽口だったのだけど、ツッコミへの返事にロビンはあきれと困惑と、僕にははかり知れない眉間のシワという複雑な表情を返してきた。

「でも、ちょっとわかります。校舎裏手の側溝に上履うわばき隠された時は本当に見つからなくて……新しいの買ってから出てきましたからね……」
「あー、授業のノート隠されたのも辛かったなあ。内容は頭に入ってても、成績に響くから、提出の時に隠れて見つからないってのを納得させなきゃいけなかった」
「……つまりセンセイ、納得させたの?」

複雑な表情のままのロビンがそう聞いてくる。
ひろも少しだけ興味がありそうだ。

「納得させたよ、正論だけ繰り返して。そもそも、僕に言葉で勝てるわけないじゃん」
「それはそうだけど……ねえ、センセイ、それって鬱陶うっとうしくなって向こうが折れたって言わない?」

ひどいなあ、と言いながらも、否定はできないので、目は合わせない。
論戦においての僕の戦法は、正論を論理で煮詰めて繰り返すことなので、相手の根負け前提という非常に厄介やっかいなアレである。
というのはドン引きした直くんに言われたことだけど。

「ああ、だから、その、界隈かいわいでの呼び名が……」
「身から出たサビってやつだよね、違う?」
「……本題に戻らない?」

別の意味で目をそらすひろと、僕に対する容赦ない言葉でそのひろとがめたりしないことを表明するロビンにはさまれて、自分で脱線しておきながら、僕は苦笑するしかなかった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

これ友達から聞いた話なんだけど──

家紋武範
ホラー
 オムニバスホラー短編集です。ゾッとする話、意味怖、人怖などの詰め合わせ。  読みやすいように千文字以下を目指しておりますが、たまに長いのがあるかもしれません。  (*^^*)  タイトルは雰囲気です。誰かから聞いた話ではありません。私の作ったフィクションとなってます。たまにファンタジーものや、中世ものもあります。

僕が見た怪物たち1997-2018

サトウ・レン
ホラー
初めて先生と会ったのは、1997年の秋頃のことで、僕は田舎の寂れた村に住む少年だった。 怪物を探す先生と、行動を共にしてきた僕が見てきた世界はどこまでも――。 ※作品内の一部エピソードは元々「死を招く写真の話」「或るホラー作家の死」「二流には分からない」として他のサイトに載せていたものを、大幅にリライトしたものになります。 〈参考〉 「廃屋等の取り壊しに係る積極的な行政の関与」 https://www.soumu.go.jp/jitidai/image/pdf/2-160-16hann.pdf

体育教師に目を付けられ、理不尽な体罰を受ける女の子

恩知らずなわんこ
現代文学
入学したばかりの女の子が体育の先生から理不尽な体罰をされてしまうお話です。

瞼を捲る者

顎(あご)
ホラー
「先生は夜ベッドに入る前の自分と、朝目覚めてベッドから降りる自分が同一人物だと証明出来るのですか?」 クリニックにやって来た彼女は、そう言って頑なに眠ることを拒んでいた。 精神科医の私は、彼女を診察する中で、奇妙な理論を耳にすることになる。

【実話】お祓いで除霊しに行ったら死にそうになった話

あけぼし
ホラー
今まで頼まれた除霊の中で、危険度が高く怖かったものについて綴ります。

女子切腹同好会

しんいち
ホラー
どこにでもいるような平凡な女の子である新瀬有香は、学校説明会で出会った超絶美人生徒会長に憧れて私立の女子高に入学した。そこで彼女を待っていたのは、オゾマシイ運命。彼女も決して正常とは言えない思考に染まってゆき、流されていってしまう…。 はたして、彼女の行き着く先は・・・。 この話は、切腹場面等、流血を含む残酷シーンがあります。御注意ください。 また・・・。登場人物は、だれもかれも皆、イカレテいます。イカレタ者どものイカレタ話です。決して、マネしてはいけません。 マネしてはいけないのですが……。案外、あなたの近くにも、似たような話があるのかも。 世の中には、知らなくて良いコト…知ってはいけないコト…が、存在するのですよ。

愛妻弁当

ツヨシ
ホラー
いつも愛妻弁当を自慢するうざい奴

『別れても好きな人』 

設樂理沙
ライト文芸
 大好きな夫から好きな女性ができたから別れて欲しいと言われ、離婚した。  夫の想い人はとても美しく、自分など到底敵わないと思ったから。  ほんとうは別れたくなどなかった。  この先もずっと夫と一緒にいたかった……だけど世の中には  どうしようもないことがあるのだ。  自分で選択できないことがある。  悲しいけれど……。   ―――――――――――――――――――――――――――――――――  登場人物紹介 戸田貴理子   40才 戸田正義    44才 青木誠二    28才 嘉島優子    33才  小田聖也    35才 2024.4.11 ―― プロット作成日 💛イラストはAI生成自作画像

処理中です...