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昔話2 弘の話
憑き物 7
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「わたし、は」
弘の窺うような視線には、ただ一つだけ頷く。
思っている通りを言ってもらえればいいのだ。
「わたしは、このまま、生きたいと思えるほど、我儘じゃありません」
一瞬だけ、その目に宿った光が強く輝くが、それはすぐに弱くなり、でも、と弘は続ける。
「わたし、死にたくは、ない、です」
「なるほど」
主人の気分に敏感な犬達は未だ唸りをあげ、吠えている。
「つまり、それは裏を返せば、生きたい、ということだね」
僕が軽く言ったせいか、弘はきょとりと瞬きをした。
「わたし」
「言っただろ? 生きたいか死にたいかの二択だって。生きたいが真で死にたいが偽なら、キミが出した結論は偽の偽、つまり真だ」
コインの裏の裏は表みたいな話である。
ロビンがちょっと呆れたようなため息をつくのがわかった。
「そもそも、ボクらが来たのはそのためだしね」
「そういうこと。でも、ちゃんと弘ちゃんの考えと現状を、弘ちゃん自身の言葉で把握しておきたかったんだ、ごめんね」
からりと笑ってみせると、弘は呆気に取られて目を丸くした。
「大丈夫。この通り、センセイはちょっと素の振れ幅がおかしいだけだから」
「ロビン、人差し指で指さないでね」
ただ、雰囲気の振れ幅が大きいのは経験則上否定できない。
弘はというと、はあ、と最初出した声よりもよっぽど力の抜けた呆れ混じりの声をあげた。
「さてと、本題に入る前に、流石に五月蝿いかな」
ぐるぐると敵意を剥き出しに唸る声。
うぉんうぉんと威嚇を乗せて吼える声。
あまりの喧しさに、ロビンが苦い笑みを浮かべる。
けれど、呪いがある以上、僕らを害することはできない。
「丁度いいや。弘ちゃんにも、ちょっと見てもらおうか」
敵意と害意に吠え猛るだけの犬の中で、僕は弘に微笑みかけた。
乱れた艷やかな黒い前髪の間から、縋るような光の宿った視線が突き刺さる。
虚勢を張ったわけじゃない。
ロビンの時は、そもそも僕があまり知らない文脈の中だった。
今回は、僕はこれを知っている。それなら、十二分に対処できる範囲だ。
「あをやぎの、かづらきやまにおはします、まがこと、よごと、おしなべて、ことさきたまへるおほかみを、おほぶねのおもひたのみに、かけまくもかしこみて、ここにのりたてまつる」
もう、かつてのように匂いは感じないけれど。
代わりに、ちりりと左目を稲妻のような違和感が駆け抜けた。
「我は虎。如何に鳴くとも犬は犬……しからば、犬が裔、犬じものどもの、ゆめさらさら宣くな」
次の瞬間、敵意の視線はそのままに、水を打ったように静まり返った。
「まあ視線がうざったいと言えば、うざったいけど、これでいいかな」
吠えもせず、噛みつけもしない犬なら、対した害にはなりようもない。
精々ができても体当たり、なんなら妖怪すねこすりみたいになる可能性のが高い。
ロビンが安堵したようにため息をついて、体育座りの状態から胡座に移行している。
「さて」
弘はというと、目を丸くしてぽかんとしている。
そんな弘に再び微笑みかけて、少しの申し訳無さを感じる。
妄想の中で二回ばかり樹さんに殴られるので勘弁してほしいところ。
「そしたら、またちょっと弘ちゃんには負担をかける事になると思うんだけど」
――どうしてこうなったか、経緯を教えて。
そう、告げると、弘は少しだけ視線を揺らして、それでもこれまでよりもはっきりと意思を感じさせる声で、はい、と答えた。
弘の窺うような視線には、ただ一つだけ頷く。
思っている通りを言ってもらえればいいのだ。
「わたしは、このまま、生きたいと思えるほど、我儘じゃありません」
一瞬だけ、その目に宿った光が強く輝くが、それはすぐに弱くなり、でも、と弘は続ける。
「わたし、死にたくは、ない、です」
「なるほど」
主人の気分に敏感な犬達は未だ唸りをあげ、吠えている。
「つまり、それは裏を返せば、生きたい、ということだね」
僕が軽く言ったせいか、弘はきょとりと瞬きをした。
「わたし」
「言っただろ? 生きたいか死にたいかの二択だって。生きたいが真で死にたいが偽なら、キミが出した結論は偽の偽、つまり真だ」
コインの裏の裏は表みたいな話である。
ロビンがちょっと呆れたようなため息をつくのがわかった。
「そもそも、ボクらが来たのはそのためだしね」
「そういうこと。でも、ちゃんと弘ちゃんの考えと現状を、弘ちゃん自身の言葉で把握しておきたかったんだ、ごめんね」
からりと笑ってみせると、弘は呆気に取られて目を丸くした。
「大丈夫。この通り、センセイはちょっと素の振れ幅がおかしいだけだから」
「ロビン、人差し指で指さないでね」
ただ、雰囲気の振れ幅が大きいのは経験則上否定できない。
弘はというと、はあ、と最初出した声よりもよっぽど力の抜けた呆れ混じりの声をあげた。
「さてと、本題に入る前に、流石に五月蝿いかな」
ぐるぐると敵意を剥き出しに唸る声。
うぉんうぉんと威嚇を乗せて吼える声。
あまりの喧しさに、ロビンが苦い笑みを浮かべる。
けれど、呪いがある以上、僕らを害することはできない。
「丁度いいや。弘ちゃんにも、ちょっと見てもらおうか」
敵意と害意に吠え猛るだけの犬の中で、僕は弘に微笑みかけた。
乱れた艷やかな黒い前髪の間から、縋るような光の宿った視線が突き刺さる。
虚勢を張ったわけじゃない。
ロビンの時は、そもそも僕があまり知らない文脈の中だった。
今回は、僕はこれを知っている。それなら、十二分に対処できる範囲だ。
「あをやぎの、かづらきやまにおはします、まがこと、よごと、おしなべて、ことさきたまへるおほかみを、おほぶねのおもひたのみに、かけまくもかしこみて、ここにのりたてまつる」
もう、かつてのように匂いは感じないけれど。
代わりに、ちりりと左目を稲妻のような違和感が駆け抜けた。
「我は虎。如何に鳴くとも犬は犬……しからば、犬が裔、犬じものどもの、ゆめさらさら宣くな」
次の瞬間、敵意の視線はそのままに、水を打ったように静まり返った。
「まあ視線がうざったいと言えば、うざったいけど、これでいいかな」
吠えもせず、噛みつけもしない犬なら、対した害にはなりようもない。
精々ができても体当たり、なんなら妖怪すねこすりみたいになる可能性のが高い。
ロビンが安堵したようにため息をついて、体育座りの状態から胡座に移行している。
「さて」
弘はというと、目を丸くしてぽかんとしている。
そんな弘に再び微笑みかけて、少しの申し訳無さを感じる。
妄想の中で二回ばかり樹さんに殴られるので勘弁してほしいところ。
「そしたら、またちょっと弘ちゃんには負担をかける事になると思うんだけど」
――どうしてこうなったか、経緯を教えて。
そう、告げると、弘は少しだけ視線を揺らして、それでもこれまでよりもはっきりと意思を感じさせる声で、はい、と答えた。
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