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閑話2 蛍招き
5 不審者と行く怪異道中 4
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「陰火の普通のものを燃やさない性質は事象としては、天然ガスの自然発火とかナトリウムやマグネシウムの水との化学反応を思わせるものだけど、陽火が普通の火なら、陰火は普通じゃない火全般に及んでしかるべきであって、蛍に火と魂が仮託されたのも、蛍の発光現象が普通じゃない火に近かったから、と考えると腑に落ちる」
「はあ……」
「二元論で行くなら、世の中は普通と普通じゃないに二分される。でも普通じゃない、それ自体には二種類ある。普通がゼロであるなら、正の数の一も負の数の一も、ベクトルが異なるだけの普通じゃないものだ」
突然数学地味た話になったので、奈月は、はてなと首を傾げる。
「勉強ができないのも、でき過ぎるのも普通じゃない。造作が美しすぎるのも、醜すぎるのも普通じゃない。優っているのも、劣っているのも、どちらも平均値ではないように、普通の域には収まらない。そこに、人がどんな価値をつけるのかは置いておいて、良くも悪くも普通じゃないんだ。陰火はそういう普通じゃない火、全般に適用できる語だ。昔は原理のわからなかった天然ガスの発火、ナトリウムやマグネシウムの化学反応、黄燐等の自然発火、そして火という明かりを想起させる蛍の発光、タペタムによる反射板構造で光って見える狐などの夜行性の獣の目。そうしたものと陰火が結び付けられたわけだね」
「えーと……普通の火とはちょっと違う火と、火っぽいものが一緒くたにされた、ということですか?」
「そうだね、そう言うと分かりやすいかな。濃い灰色は全部黒にしちゃう、みたいな」
はて、と奈月は思う。
最初は蛍の話から始まったはずなのに、この人は何をにこにこと説明してるんだろう。
「で、昔の人の生活における普通はね、肉体として生ける現実だったんだ。だから、あくがれいづ遊離魂や死せる者の魂といったものは普通じゃないものに投影されたんだ」
ひゅるりと、蛍光の色がまた視界の端を過ぎった。
不意に見上げていた青年の横顔が薄い笑みを湛えたまま、奈月の方を見た。
「で、話を最初に戻すんだけど」
「最初、ですか?」
「キミは今、あくがれいづほど気にかかってることでもあるのかな。それとも、新盆の家族でもいるのかな」
白い月光が、明るい茶の目の中に一瞬だけ緑の色彩を映し出す。
はた、と奈月が足を止めると、青年も足を止めた。
「じゃないと、説明がつかないなあって僕は思っててね」
さあっと生温い風が、前の方から後ろへと吹いた。
その風の吹いてきた先にちらりと一度視線を向けてから、青年は奈月に視線を戻した。
「まあ、どっちにしても、魂は追うものではないよ。神代ですら追って然るべきとはされなかったもの。あえて呼ぶか、招くか、留めるもの、ということは普通の領域のものではないのだから」
――どうやら、霊能力者、というのは本当に、本当らしいし、やたら道中が長く感じるのも、どうも気のせいではなさそうだ。
胡散臭さと、そのにこやかな表情の中で、異常なほど理知的な光を宿した目を見上げながら、奈月はそう思った。
「はあ……」
「二元論で行くなら、世の中は普通と普通じゃないに二分される。でも普通じゃない、それ自体には二種類ある。普通がゼロであるなら、正の数の一も負の数の一も、ベクトルが異なるだけの普通じゃないものだ」
突然数学地味た話になったので、奈月は、はてなと首を傾げる。
「勉強ができないのも、でき過ぎるのも普通じゃない。造作が美しすぎるのも、醜すぎるのも普通じゃない。優っているのも、劣っているのも、どちらも平均値ではないように、普通の域には収まらない。そこに、人がどんな価値をつけるのかは置いておいて、良くも悪くも普通じゃないんだ。陰火はそういう普通じゃない火、全般に適用できる語だ。昔は原理のわからなかった天然ガスの発火、ナトリウムやマグネシウムの化学反応、黄燐等の自然発火、そして火という明かりを想起させる蛍の発光、タペタムによる反射板構造で光って見える狐などの夜行性の獣の目。そうしたものと陰火が結び付けられたわけだね」
「えーと……普通の火とはちょっと違う火と、火っぽいものが一緒くたにされた、ということですか?」
「そうだね、そう言うと分かりやすいかな。濃い灰色は全部黒にしちゃう、みたいな」
はて、と奈月は思う。
最初は蛍の話から始まったはずなのに、この人は何をにこにこと説明してるんだろう。
「で、昔の人の生活における普通はね、肉体として生ける現実だったんだ。だから、あくがれいづ遊離魂や死せる者の魂といったものは普通じゃないものに投影されたんだ」
ひゅるりと、蛍光の色がまた視界の端を過ぎった。
不意に見上げていた青年の横顔が薄い笑みを湛えたまま、奈月の方を見た。
「で、話を最初に戻すんだけど」
「最初、ですか?」
「キミは今、あくがれいづほど気にかかってることでもあるのかな。それとも、新盆の家族でもいるのかな」
白い月光が、明るい茶の目の中に一瞬だけ緑の色彩を映し出す。
はた、と奈月が足を止めると、青年も足を止めた。
「じゃないと、説明がつかないなあって僕は思っててね」
さあっと生温い風が、前の方から後ろへと吹いた。
その風の吹いてきた先にちらりと一度視線を向けてから、青年は奈月に視線を戻した。
「まあ、どっちにしても、魂は追うものではないよ。神代ですら追って然るべきとはされなかったもの。あえて呼ぶか、招くか、留めるもの、ということは普通の領域のものではないのだから」
――どうやら、霊能力者、というのは本当に、本当らしいし、やたら道中が長く感じるのも、どうも気のせいではなさそうだ。
胡散臭さと、そのにこやかな表情の中で、異常なほど理知的な光を宿した目を見上げながら、奈月はそう思った。
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