怪異から論理の糸を縒る

板久咲絢芽

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昔話1 ロビンの話

断章 Cock-Robin's giving back 3

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「ねえ、シンシア……は、あの神様の事、わからなくなったの? それとも、忘れちゃったの? 僕は、から何を奪ってしまったの?」

シンシアは紅茶のカップを置くと、小さく頭を横に振りながら口を開いた。

「……感じられてたはずの気配を、欠片かけらも感じられないって言ってたよ」
「僕の、せいだよね?」
「気にしなくていい。あいつがそう言ったんだ。あんたのせいじゃない」

そう言われても、自分を助けなければ、そんな大事なもの失わずにすんだのに、という思いはなくならない。

――これ、神様なんだ。

そう、少しいたずらっぽく笑って、得意気に教えてくれた。
そこにあったのはあの人が、その神様に感じている確かな絆とぬくもりだったのに。

「……僕、日本に、に会いに行って、いいのかな。、怒ってないかな」
「気にするなって、向こうが言ってるんだよ。ロビン、気にするだけ無」
、寂しくないかな」

目の前がにじんで、ぼやけて、そして剥落して頬を伝う。
シンシアは言葉をさえぎられた事を怒りもせずに、すぐそばのティッシュボックスから、何枚か引き出して、こちらに突き出してきた。

「……あいつはいい大人だよ。自分のケツくらい、自分でける。だから、気にしなくていいって言ったんだ」
「でも、僕、こんなの、こんな……聞いてないよ、が、そんな、なんで」

どうして。
受け取ったティッシュを握りしめる。

「こんなの、には損しかないじゃないか!」

叫んだ自分を見つめたまま、シンシアがため息をついた。

「まったくもってそれはそうなんだけどね。それでも、あいつはそれを良しとしたんだ。どうかしてるぐらい、お人好ひとよしなんだよ、アレは」

だから、あいつはまわりのやつをやきもきさせるんだ。
シンシアがそうボヤいて、ティッシュをまた取ると、今度はロビンの鼻に押し付けてきた。

「うぶ」
「そもそも、あたしがあいつと知り合ったのは日本に行った時に、たまたまいざこざの中で行きあっただけだよ。偶然の出会いすら運命Even a chance acquaintance is decreed by destinyってやつさ」

そう言って、シンシアはロビンの鼻をいたティッシュをぐるぐると丸めた。
遠慮なく、力いっぱい鼻のあたりをかれたのでひりひりする。赤くなってるかもしれない。

「その時から、やたら親切だし、へらへらしてるしで、最初は信用ならなかったけどね。でも、本当のところは、ただあいつの良しとする方向が他人の幸福なだけなんだ」
「……少なくとも、上手な生き方じゃないね」

そう返して、眼鏡をズラして握りしめて固くなったティッシュで、目許めもとを押さえるようにいた。

「そう言うなら、あいつは生きるの下手くその中の下手くそだよ。まあ、あいつも変な境遇ではあるから、あいつなりに思うところがあるんだろうけどね」

何度目かのため息をついて肩をすくめると、シンシアは苦笑を浮かべた。

「でも、あいつのことを受け入れたやつはみんな、あいつを見捨てられない。あたしだってそう。そして、ロビン、あんたも」

こう言っていいのかはわからないけど、と前置きをしてシンシアは続ける。

「もし、のそういうとこがイヤで、矯正してやりたいなら、いっそ押しかけ弟子になって管理してやるってのは手だよ」
「押しかけ弟子……」

その、単純に日本に行くというだけではない提案は、ロビンにはとても魅力的に思えた。
恩人がこれ以上損をしないように、恩人を支えられるなら。恩人の役に立てるなら。
それが、自分の奪ったものと、釣り合うわけはないけれど。
これがエゴだというなら、ロビンを助けたのは向こうのエゴだ。

「まあ、あんたはやりたい事をやりたいようにやればいいさ。はあんたのそういう未来を望んだんだから」
「……うん。僕、もっと勉強して、それで、日本に行く」

そう言うと、シンシアは少し目を細めてつぶやいた。

「勉強は十二分だから体力を付けた方がいいんじゃないかねえ……」

それから、更にウン年とってから、ロビンは体力の重要さを痛感する事態に何度か行き当たることになるのだが、それはまた別の話。
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