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4-2 うろを満たすは side B
13 周章狼狽を笑う犬
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「うう……もっと知識を仕入れておくべきですね」
「いや、さっきも言ったけど、オリカは十分ペースはやいからね?」
なんかこちらの心理的に物騒な事を言い出した織歌に、ロビンがフォローに入る。
このお嬢様は、本当、意外と逞しいというか、負けず嫌いというか、向上心が高いというか、うっかりすると遥か先にまで突っ走って行きそうなのが怖い。姉弟子としての沽券や面目という意味で。
「えっと、あと今回、邪視でしたっけ」
「え、織歌、まだ詰め込む気なの? 今日、これでお開きのつもりだったんだけど」
紀美すら驚いた時点で、十二分に詰め込み過ぎである。
この師匠の常がどちらかと言うと、布団圧縮袋みたいなものなので、それに驚かれるということは、布団圧縮袋以上に詰め込もうとしているということで。
「邪視程度、どうせ今後もないわけないですし、今回はこれで良くないです?」
「左に同じ。鉄は熱い内に打てったって限度ってものがある」
三対一なので、分が悪いと思ってはいるみたいだが、それでも織歌は不満そうに唇を尖らせた。
「……わかりました、予習しときます」
不承不承という体で織歌の放った言葉に、内心、弘は戦慄する。
どんな豪速球を仕入れるつもりなんだ、怖い怖い。
「……これは、ヒントとかはなしだね」
「えー、ひどいですー」
似たような事を考えたらしいロビンがキーワードを教える事すら止めた。
まあ、ロビンの事だからたぶん、緑の目の怪物とかその辺りな気はするが、さっきの百人一首と同様、織歌の教養なら即座に看破してくると弘は思って、ちょっとまたひやりとした。
文化の下地、つまりは暗黙の了解であるが故に、教養は馬鹿にできない。「春は揚げ物」で笑えるぐらいなら可愛いものである。
「そういえばロビン、今日の夕飯はどうするんです?」
「ん、塩ジャケ買ってあるから焼いて、後はいつも通り、サラダと適当に味噌汁」
「ひーどーいーでーすー」
さっきの織歌の恨み節入りの描写で空腹感は減衰したが、滅されたわけではない。
もともと時間経過に比例するものだし、復活もする。
というわけで、今日の夕飯当番に弘が確認をしていると織歌が、やっぱり不満げに声を上げた。
鳴き声じみてて、ちょっと意地悪したくなるかわいさだ。
「詰め込み過ぎると破裂するのが道理なんだから、今日はこれでおしまい……まあ、織歌は簡単に破裂しそうもないし、どうせ家に帰っても資料を漁るんでしょ?」
紀美に言われると、織歌はうぎゅっと変に呻いた。
「本棚一台増えたよって賢木さん言ってたし」
「……あれです、窓の下とかに設置する背が低いやつですから、その本棚」
「その分、幅が広いタイプでしょ? ネタは割れてるんだよ~?」
にやにやと完全にからかう調子の紀美にそう言われて、織歌はつい、と視線を外す。
つまり、どっちにしろ増やしたということには違いないし、図星である。
「まあ、娘が変な方向行ったら法的処置取るねって、こないだにこにこしながら言われたので、民俗学や文化人類学関係中心にして、オカルト系やスピリチュアル系は避けてあんまり集めないようにね」
まあ、娘を弟子にしているとはいえ、実質パトロンには逆らえるわけもない。
ある程度の書籍自体はここにもあるので、弘は弘で、この際知見まとめたノート作ろうかな、とかはちょっと思う。
この場で、生まれた時から明確にそういう立場として育てられたのは、ちょっと想定外な抜け道を必要にかられて通った上でここにいるとて、弘自身だけなわけだし。いやはや、最初この師匠と兄弟子でよくやってたよね、と思わなくはない。
「……わかりました、パパに抗議しときます!」
「え、そっち? ……弘、笑ってるし」
織歌の返事に対して慌てふためく紀美の様子が、自分の父親と電話している時の姿と重なって、弘は堪らず噴き出すしかなかったのだった。
「いや、さっきも言ったけど、オリカは十分ペースはやいからね?」
なんかこちらの心理的に物騒な事を言い出した織歌に、ロビンがフォローに入る。
このお嬢様は、本当、意外と逞しいというか、負けず嫌いというか、向上心が高いというか、うっかりすると遥か先にまで突っ走って行きそうなのが怖い。姉弟子としての沽券や面目という意味で。
「えっと、あと今回、邪視でしたっけ」
「え、織歌、まだ詰め込む気なの? 今日、これでお開きのつもりだったんだけど」
紀美すら驚いた時点で、十二分に詰め込み過ぎである。
この師匠の常がどちらかと言うと、布団圧縮袋みたいなものなので、それに驚かれるということは、布団圧縮袋以上に詰め込もうとしているということで。
「邪視程度、どうせ今後もないわけないですし、今回はこれで良くないです?」
「左に同じ。鉄は熱い内に打てったって限度ってものがある」
三対一なので、分が悪いと思ってはいるみたいだが、それでも織歌は不満そうに唇を尖らせた。
「……わかりました、予習しときます」
不承不承という体で織歌の放った言葉に、内心、弘は戦慄する。
どんな豪速球を仕入れるつもりなんだ、怖い怖い。
「……これは、ヒントとかはなしだね」
「えー、ひどいですー」
似たような事を考えたらしいロビンがキーワードを教える事すら止めた。
まあ、ロビンの事だからたぶん、緑の目の怪物とかその辺りな気はするが、さっきの百人一首と同様、織歌の教養なら即座に看破してくると弘は思って、ちょっとまたひやりとした。
文化の下地、つまりは暗黙の了解であるが故に、教養は馬鹿にできない。「春は揚げ物」で笑えるぐらいなら可愛いものである。
「そういえばロビン、今日の夕飯はどうするんです?」
「ん、塩ジャケ買ってあるから焼いて、後はいつも通り、サラダと適当に味噌汁」
「ひーどーいーでーすー」
さっきの織歌の恨み節入りの描写で空腹感は減衰したが、滅されたわけではない。
もともと時間経過に比例するものだし、復活もする。
というわけで、今日の夕飯当番に弘が確認をしていると織歌が、やっぱり不満げに声を上げた。
鳴き声じみてて、ちょっと意地悪したくなるかわいさだ。
「詰め込み過ぎると破裂するのが道理なんだから、今日はこれでおしまい……まあ、織歌は簡単に破裂しそうもないし、どうせ家に帰っても資料を漁るんでしょ?」
紀美に言われると、織歌はうぎゅっと変に呻いた。
「本棚一台増えたよって賢木さん言ってたし」
「……あれです、窓の下とかに設置する背が低いやつですから、その本棚」
「その分、幅が広いタイプでしょ? ネタは割れてるんだよ~?」
にやにやと完全にからかう調子の紀美にそう言われて、織歌はつい、と視線を外す。
つまり、どっちにしろ増やしたということには違いないし、図星である。
「まあ、娘が変な方向行ったら法的処置取るねって、こないだにこにこしながら言われたので、民俗学や文化人類学関係中心にして、オカルト系やスピリチュアル系は避けてあんまり集めないようにね」
まあ、娘を弟子にしているとはいえ、実質パトロンには逆らえるわけもない。
ある程度の書籍自体はここにもあるので、弘は弘で、この際知見まとめたノート作ろうかな、とかはちょっと思う。
この場で、生まれた時から明確にそういう立場として育てられたのは、ちょっと想定外な抜け道を必要にかられて通った上でここにいるとて、弘自身だけなわけだし。いやはや、最初この師匠と兄弟子でよくやってたよね、と思わなくはない。
「……わかりました、パパに抗議しときます!」
「え、そっち? ……弘、笑ってるし」
織歌の返事に対して慌てふためく紀美の様子が、自分の父親と電話している時の姿と重なって、弘は堪らず噴き出すしかなかったのだった。
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