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4-2 うろを満たすは side B
9 砂嵐の表すところ
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「かくれんぼに擬える以上、目を瞑って十数えるのも妥当です。となると、やはり、テレビが異質ですよね、これは……」
何より一連の儀式の段取りの中では、一番の文明の利器の使用である。
「まあ、ただのテレビじゃなくて砂嵐という、今じゃあ絶滅危惧種の画面が必要ですけど」
「……あー、ネットの記録見てると、ラジオや鏡で代用した人もいるみたいだね」
「鏡? なかなか面白い発想だなあ」
いつの間にか取り出したスマホを見ながらロビンが補足し、紀美が興味深そうに言う。
「ええ……テレビ、ラジオはまだしも、鏡ですか……鏡については、投げますね?」
「おっけー、とりあえず説明してごらん」
こういう時ほど、紀美が緩い人で良かったと心底思う。
「織歌、テレビの砂嵐って、どういう状況下で発生すると思いますか?」
「えっと、そのチャンネルが放送されてなかったり、アンテナが安定してなかったり?」
「ちなみに、チャンネルの語源は知ってます?」
えっ、と短い声を発したきり、織歌は視線を彷徨わせて、脳内の知識の棚をひっくり返しているようだ。
完全に想定外の質問が来た、というリアクションがなかなか新鮮である、というのは紀美やロビンも変わらないようで、まじまじと織歌に視線を注いでいる。
そうして三者三様に物珍しげに織歌の様子を観察した後、ロビンが口を開いた。
「運河と同じだし、チャネリングもそうだよ」
「え、チャネリングはまだなんとなくわかりますけど、運河ってどういうことですか」
混乱した様子の織歌を見て、思わずくすりと笑うと、織歌は不満そうに口を尖らせる。
「意地悪しないでくださいー」
「さっきまでビックリさせられてたこっちとしては、これがフツーだと思うんだけど? ねえ、センセイ」
ロビンがさらりと言った言葉に、紀美すら苦笑している。
内心ほっとしながら、弘は口を開いた。
「チャンネル、チャネリング、そして運河を意味するcanal、これらは語源としては同じであって、その根幹は運搬経路や伝達経路、何かを導くための道ということになります」
「伝達経路……電波の伝達経路を切り替えるのがチャンネルを変える、ということです?」
「相変わらず、そこははやいですね……じゃあ、そこから考えると砂嵐は?」
織歌は手元のカップの中に視線を落として少し考えると、すぐに顔を上げた。
「伝達経路のこちら側出口を確保はしてるけれど、何も来てない状態……?」
「ふむ、及第点は確実ですかね、先生?」
唐突に話を振られた紀美《きみ》は、驚いたりするわけでもなく、ただ肯定するようににっこりと笑って、弘の説明の続きを引き取る。
「ほぼほぼ、あってるよ。ただ、少しだけ、視点の転換が必要だ。何も来てないんじゃない」
こういう時、紀美の目には、ほんの少し緑の色が入る。
それが美しいと思う反面、弘の心の片隅で何かが畏縮する。
そりゃあ、弘自身としては生殺与奪を握られているようなものだし、と自嘲気味に思ったりもする。
「何もないが来るんだよ」
「何もないが来る……?」
よくわからない、と言うように織歌は上体まで傾ぐほど、大きく首を傾げる。
わかる。気持ちはわかる。理屈を知ってるからわかる弘としても、これはわかりにくい。でも説明もしにくい。
何より一連の儀式の段取りの中では、一番の文明の利器の使用である。
「まあ、ただのテレビじゃなくて砂嵐という、今じゃあ絶滅危惧種の画面が必要ですけど」
「……あー、ネットの記録見てると、ラジオや鏡で代用した人もいるみたいだね」
「鏡? なかなか面白い発想だなあ」
いつの間にか取り出したスマホを見ながらロビンが補足し、紀美が興味深そうに言う。
「ええ……テレビ、ラジオはまだしも、鏡ですか……鏡については、投げますね?」
「おっけー、とりあえず説明してごらん」
こういう時ほど、紀美が緩い人で良かったと心底思う。
「織歌、テレビの砂嵐って、どういう状況下で発生すると思いますか?」
「えっと、そのチャンネルが放送されてなかったり、アンテナが安定してなかったり?」
「ちなみに、チャンネルの語源は知ってます?」
えっ、と短い声を発したきり、織歌は視線を彷徨わせて、脳内の知識の棚をひっくり返しているようだ。
完全に想定外の質問が来た、というリアクションがなかなか新鮮である、というのは紀美やロビンも変わらないようで、まじまじと織歌に視線を注いでいる。
そうして三者三様に物珍しげに織歌の様子を観察した後、ロビンが口を開いた。
「運河と同じだし、チャネリングもそうだよ」
「え、チャネリングはまだなんとなくわかりますけど、運河ってどういうことですか」
混乱した様子の織歌を見て、思わずくすりと笑うと、織歌は不満そうに口を尖らせる。
「意地悪しないでくださいー」
「さっきまでビックリさせられてたこっちとしては、これがフツーだと思うんだけど? ねえ、センセイ」
ロビンがさらりと言った言葉に、紀美すら苦笑している。
内心ほっとしながら、弘は口を開いた。
「チャンネル、チャネリング、そして運河を意味するcanal、これらは語源としては同じであって、その根幹は運搬経路や伝達経路、何かを導くための道ということになります」
「伝達経路……電波の伝達経路を切り替えるのがチャンネルを変える、ということです?」
「相変わらず、そこははやいですね……じゃあ、そこから考えると砂嵐は?」
織歌は手元のカップの中に視線を落として少し考えると、すぐに顔を上げた。
「伝達経路のこちら側出口を確保はしてるけれど、何も来てない状態……?」
「ふむ、及第点は確実ですかね、先生?」
唐突に話を振られた紀美《きみ》は、驚いたりするわけでもなく、ただ肯定するようににっこりと笑って、弘の説明の続きを引き取る。
「ほぼほぼ、あってるよ。ただ、少しだけ、視点の転換が必要だ。何も来てないんじゃない」
こういう時、紀美の目には、ほんの少し緑の色が入る。
それが美しいと思う反面、弘の心の片隅で何かが畏縮する。
そりゃあ、弘自身としては生殺与奪を握られているようなものだし、と自嘲気味に思ったりもする。
「何もないが来るんだよ」
「何もないが来る……?」
よくわからない、と言うように織歌は上体まで傾ぐほど、大きく首を傾げる。
わかる。気持ちはわかる。理屈を知ってるからわかる弘としても、これはわかりにくい。でも説明もしにくい。
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