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4-2 うろを満たすは side B
7 神代も聞かず
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「じゃあ、赤い糸は……赤は血と考えるのが妥当ですかね」
「そうですねえ、わざわざ胴に巻きつけますし、内臓の線もありそうです、が……先生、視線がうるさいです」
じーっ、ともの言いたげにこちらを見つめられたら、それが音でなくてもうるさいとしか言いようがない。
なお、さっきは息がぴったりだったロビンは我関せずでお茶を啜っている。
「いや、ちょっとそれは雑だなあって思ってさ。糸に関する今回の一件にも繋がりやすい点を弘は忘れてるよ。呪術的にいえば、類感のもの」
「うーん……?」
とはいえ、何を忘れたかなんてわからないので、忘れているのである。
糸の類似。なんだろう。
「ダメそうじゃない?」
「うー、ヒント、裁縫における糸の禁忌。糸を通すまでは許されるよね」
ロビンが弘の様子を見てそう判断すると、紀美は少し不服そうな顔でヒントを口にした。
「……え、あ、あー、あれですか、人に玉結びさせるな」
「そうそう」
脳内を漁ってようやく出てきた内容を口にすれば、紀美はにっこりと笑った。
織歌は解説待ちの様子で、大人しく首を傾げている。
「えーと、縫い物をする際の糸の扱いにおける民間伝承で、他者からの糸を通した針の受け渡し自体はわりと認められる傾向があるんですが、玉結びだけは自分でしろ、と言うんですね。これを破ると、幸運をとられるとか、妊娠した時にその人が来るまで生まれないとか、お産が重くなるとか……まあ、そもそも妊婦が糸を扱うこと自体を忌避するところもありますが」
「先生が類感と言ったということは、それって糸と臍の緒の類似ということですか?」
紀美は榛色の目を細めて口を開く。
「そうだよ。後は、高知県の一部の地域では、生まれて間もない子が死ぬことが続くと、その子をクルマゴと呼ぶんだけど、そのクルマゴの棺を糸繰り車を回すための調べ糸でくくる、なんて話もある。それに、ひとりかくれんぼのぬいぐるみって、水に沈められるわけじゃないか」
紀美が言わんとしたところは、弘にもはっきりと読み取れたし、織歌も察したようだ。
赤い糸を臍の緒とすれば、それがある人形を沈める水は羊水の類似だ。
確かに今回の一件の想起の起点にはなりそうである。
「後は縛る、くくる、縫いつけるという動作の意味するところ。物事の固定、拘束、束縛。つまり、ひとりかくれんぼにおいては、ぬいぐるみに取り憑いた霊をぬいぐるみ自体に拘束するため、とも考えられる……けど、連想ゲームだとそれ以上に面白いんだよね」
「センセイ、それ悪癖」
じっと静かに事の成り行きを見ていたロビンが口を挟《はさ》む。
それを受けて、紀美は不満げに唇を尖らせつつも黙った。
「連想って……」
中途半端なことをされれば、気になるのが人情というもの。
糸、赤、水、この三点から浮かぶものというと――
「千早振る神代もきかず?」
「唐紅に水くくるとは? ……糸はどこに?」
織歌が即座に下の句を出してくる辺り、教養というものを感じるが、弘が行きあたったそれは百人一首としてではなく、呪い歌としてのそれである。
「そうですねえ、わざわざ胴に巻きつけますし、内臓の線もありそうです、が……先生、視線がうるさいです」
じーっ、ともの言いたげにこちらを見つめられたら、それが音でなくてもうるさいとしか言いようがない。
なお、さっきは息がぴったりだったロビンは我関せずでお茶を啜っている。
「いや、ちょっとそれは雑だなあって思ってさ。糸に関する今回の一件にも繋がりやすい点を弘は忘れてるよ。呪術的にいえば、類感のもの」
「うーん……?」
とはいえ、何を忘れたかなんてわからないので、忘れているのである。
糸の類似。なんだろう。
「ダメそうじゃない?」
「うー、ヒント、裁縫における糸の禁忌。糸を通すまでは許されるよね」
ロビンが弘の様子を見てそう判断すると、紀美は少し不服そうな顔でヒントを口にした。
「……え、あ、あー、あれですか、人に玉結びさせるな」
「そうそう」
脳内を漁ってようやく出てきた内容を口にすれば、紀美はにっこりと笑った。
織歌は解説待ちの様子で、大人しく首を傾げている。
「えーと、縫い物をする際の糸の扱いにおける民間伝承で、他者からの糸を通した針の受け渡し自体はわりと認められる傾向があるんですが、玉結びだけは自分でしろ、と言うんですね。これを破ると、幸運をとられるとか、妊娠した時にその人が来るまで生まれないとか、お産が重くなるとか……まあ、そもそも妊婦が糸を扱うこと自体を忌避するところもありますが」
「先生が類感と言ったということは、それって糸と臍の緒の類似ということですか?」
紀美は榛色の目を細めて口を開く。
「そうだよ。後は、高知県の一部の地域では、生まれて間もない子が死ぬことが続くと、その子をクルマゴと呼ぶんだけど、そのクルマゴの棺を糸繰り車を回すための調べ糸でくくる、なんて話もある。それに、ひとりかくれんぼのぬいぐるみって、水に沈められるわけじゃないか」
紀美が言わんとしたところは、弘にもはっきりと読み取れたし、織歌も察したようだ。
赤い糸を臍の緒とすれば、それがある人形を沈める水は羊水の類似だ。
確かに今回の一件の想起の起点にはなりそうである。
「後は縛る、くくる、縫いつけるという動作の意味するところ。物事の固定、拘束、束縛。つまり、ひとりかくれんぼにおいては、ぬいぐるみに取り憑いた霊をぬいぐるみ自体に拘束するため、とも考えられる……けど、連想ゲームだとそれ以上に面白いんだよね」
「センセイ、それ悪癖」
じっと静かに事の成り行きを見ていたロビンが口を挟《はさ》む。
それを受けて、紀美は不満げに唇を尖らせつつも黙った。
「連想って……」
中途半端なことをされれば、気になるのが人情というもの。
糸、赤、水、この三点から浮かぶものというと――
「千早振る神代もきかず?」
「唐紅に水くくるとは? ……糸はどこに?」
織歌が即座に下の句を出してくる辺り、教養というものを感じるが、弘が行きあたったそれは百人一首としてではなく、呪い歌としてのそれである。
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