135 / 266
4-1 うろを満たすは side A
8 虚ろにすくう
しおりを挟む
「古来より、中空、つまり空ろなものには何かが宿るもの、とされます」
唐突に弘がそう言った。
「酸漿なんかが有名ですかね。お盆飾りで使う酸漿はお精霊、つまり帰ってきた先祖の霊の憑坐と考えられることもありますし、鬼が元来、幽霊を指す字であったと考えれば、鬼の灯と書くのはそことの関連が窺えますが」
すたすたとシンクの方から戻って来て、また美佳の向かいにすとん、と腰をおろした弘は、それ自体は置いといて、と呟くように言う。
「小柴さん、三十代半ばですっけ? そろそろそういう圧とか親御さんから強いんでしょうねえ……いや、流石に彼氏さんの素性とか馴れ初めを聞く気はありませんが」
「なっ」
「状況から逆算しての邪推ですけど、意外と図星ですかね、これは」
少し呆れたように弘が言う。
そして、きりりと真面目な表情を作った。
「物事への認識次第で、怪異の種類も変われば、怪異側からの手の出し方も変わる、というのがわたし達の重要視するポイントでして……だから、小柴さん、あなたが身の内に怪異を飼ってしまったのは、あなた自身の物事の認識によるものでもあるんです」
「私自身の……?」
「早い話がそういう圧を受けていて、こんな事態が起こるのなら、あなたは反発せずに、早いところ結婚しなくては、ひいては孫の顔を見せなければ、とでも表面上は思った口でしょう?」
否定できなかった。
美佳の返した沈黙を肯定として受け取ったらしい弘は視線を座卓の上に落とした。
「そうなると、なんですよ。埋めなければならない空ろがそこに生まれてしまう。そこを付け込まれたというのが、今回の事例になるんじゃないですかね。ひとりかくれんぼと同じです。使うぬいぐるみに、手足があるという条件があるのも、人の形をしているならば、人と同じ魂で埋めるに相応しい空ろとするため。実際、中身の綿を抜いて生米を詰める工程もありましたね。米と名前で空ろを満たして人形と成す、というところですか」
弘の言う、美佳の身にあって埋めなければならない空ろが何かは、現状がありありと語っていた。
マグカップを座卓の上に置いて、美佳は何もないことを自覚した腹に手を当てて、一つ深呼吸をする。
「……そういえば、あの子はどうしたんですか?」
「織歌ですか? 帰らせました。その能力が必要とはいえ、一般人寄り学生にはヘビー過ぎる事態なので」
確かに、あの少女は終始緊張した面持ちで、最後に至っては身を捩る美佳のぼんやりとした視界の中で、泣きそうな顔をしていたような気がする。
いい年をした大人として、少し申し訳ない。
「……これは割と純然たる興味なんで、答えたくないなら答えないでいいんですが、どうしてしーちゃんなんて名前をぬいぐるみにつけたんですか?」
「……幼稚園の頃の、いじめっ子の呼び名です。それも、さっきまで忘れてた」
「……」
弘は少し考えるように目を細めて、じっと美佳を見つめていたが、小さくため息をついて口を開いた。
「ひとりかくれんぼの手順は、どう考えても、所謂丑の刻参り、呪いの藁人形と同じ、呪詛の系譜なんです。付ける名前と、中に入れる爪や髪の対象をちぐはぐにさせる事で軽減を狙ってるだけで」
「……軽減?」
「だって、なんにも起きなきゃ、心霊遊びとしては意味がないじゃないですか。でも、自分と同じ名前を付けてはいけないと言う禁忌を犯せば、軽減のない、自身に対する完全な呪詛として成立する。ぬいぐるみが自分とイコールとなる、と考えれば手っ取り早いです」
それはつまり、自業自得というレベルでは済まない、ということは素人の美佳でもわかった。
手順の一つの、ぬいぐるみを刃物で突き刺すということが、自分に刃物を突き立てるのと同じになるということだ。
唐突に弘がそう言った。
「酸漿なんかが有名ですかね。お盆飾りで使う酸漿はお精霊、つまり帰ってきた先祖の霊の憑坐と考えられることもありますし、鬼が元来、幽霊を指す字であったと考えれば、鬼の灯と書くのはそことの関連が窺えますが」
すたすたとシンクの方から戻って来て、また美佳の向かいにすとん、と腰をおろした弘は、それ自体は置いといて、と呟くように言う。
「小柴さん、三十代半ばですっけ? そろそろそういう圧とか親御さんから強いんでしょうねえ……いや、流石に彼氏さんの素性とか馴れ初めを聞く気はありませんが」
「なっ」
「状況から逆算しての邪推ですけど、意外と図星ですかね、これは」
少し呆れたように弘が言う。
そして、きりりと真面目な表情を作った。
「物事への認識次第で、怪異の種類も変われば、怪異側からの手の出し方も変わる、というのがわたし達の重要視するポイントでして……だから、小柴さん、あなたが身の内に怪異を飼ってしまったのは、あなた自身の物事の認識によるものでもあるんです」
「私自身の……?」
「早い話がそういう圧を受けていて、こんな事態が起こるのなら、あなたは反発せずに、早いところ結婚しなくては、ひいては孫の顔を見せなければ、とでも表面上は思った口でしょう?」
否定できなかった。
美佳の返した沈黙を肯定として受け取ったらしい弘は視線を座卓の上に落とした。
「そうなると、なんですよ。埋めなければならない空ろがそこに生まれてしまう。そこを付け込まれたというのが、今回の事例になるんじゃないですかね。ひとりかくれんぼと同じです。使うぬいぐるみに、手足があるという条件があるのも、人の形をしているならば、人と同じ魂で埋めるに相応しい空ろとするため。実際、中身の綿を抜いて生米を詰める工程もありましたね。米と名前で空ろを満たして人形と成す、というところですか」
弘の言う、美佳の身にあって埋めなければならない空ろが何かは、現状がありありと語っていた。
マグカップを座卓の上に置いて、美佳は何もないことを自覚した腹に手を当てて、一つ深呼吸をする。
「……そういえば、あの子はどうしたんですか?」
「織歌ですか? 帰らせました。その能力が必要とはいえ、一般人寄り学生にはヘビー過ぎる事態なので」
確かに、あの少女は終始緊張した面持ちで、最後に至っては身を捩る美佳のぼんやりとした視界の中で、泣きそうな顔をしていたような気がする。
いい年をした大人として、少し申し訳ない。
「……これは割と純然たる興味なんで、答えたくないなら答えないでいいんですが、どうしてしーちゃんなんて名前をぬいぐるみにつけたんですか?」
「……幼稚園の頃の、いじめっ子の呼び名です。それも、さっきまで忘れてた」
「……」
弘は少し考えるように目を細めて、じっと美佳を見つめていたが、小さくため息をついて口を開いた。
「ひとりかくれんぼの手順は、どう考えても、所謂丑の刻参り、呪いの藁人形と同じ、呪詛の系譜なんです。付ける名前と、中に入れる爪や髪の対象をちぐはぐにさせる事で軽減を狙ってるだけで」
「……軽減?」
「だって、なんにも起きなきゃ、心霊遊びとしては意味がないじゃないですか。でも、自分と同じ名前を付けてはいけないと言う禁忌を犯せば、軽減のない、自身に対する完全な呪詛として成立する。ぬいぐるみが自分とイコールとなる、と考えれば手っ取り早いです」
それはつまり、自業自得というレベルでは済まない、ということは素人の美佳でもわかった。
手順の一つの、ぬいぐるみを刃物で突き刺すということが、自分に刃物を突き立てるのと同じになるということだ。
0
お気に入りに追加
4
あなたにおすすめの小説
これ友達から聞いた話なんだけど──
家紋武範
ホラー
オムニバスホラー短編集です。ゾッとする話、意味怖、人怖などの詰め合わせ。
読みやすいように千文字以下を目指しておりますが、たまに長いのがあるかもしれません。
(*^^*)
タイトルは雰囲気です。誰かから聞いた話ではありません。私の作ったフィクションとなってます。たまにファンタジーものや、中世ものもあります。
僕が見た怪物たち1997-2018
サトウ・レン
ホラー
初めて先生と会ったのは、1997年の秋頃のことで、僕は田舎の寂れた村に住む少年だった。
怪物を探す先生と、行動を共にしてきた僕が見てきた世界はどこまでも――。
※作品内の一部エピソードは元々「死を招く写真の話」「或るホラー作家の死」「二流には分からない」として他のサイトに載せていたものを、大幅にリライトしたものになります。
〈参考〉
「廃屋等の取り壊しに係る積極的な行政の関与」
https://www.soumu.go.jp/jitidai/image/pdf/2-160-16hann.pdf
女子切腹同好会
しんいち
ホラー
どこにでもいるような平凡な女の子である新瀬有香は、学校説明会で出会った超絶美人生徒会長に憧れて私立の女子高に入学した。そこで彼女を待っていたのは、オゾマシイ運命。彼女も決して正常とは言えない思考に染まってゆき、流されていってしまう…。
はたして、彼女の行き着く先は・・・。
この話は、切腹場面等、流血を含む残酷シーンがあります。御注意ください。
また・・・。登場人物は、だれもかれも皆、イカレテいます。イカレタ者どものイカレタ話です。決して、マネしてはいけません。
マネしてはいけないのですが……。案外、あなたの近くにも、似たような話があるのかも。
世の中には、知らなくて良いコト…知ってはいけないコト…が、存在するのですよ。
瞼を捲る者
顎(あご)
ホラー
「先生は夜ベッドに入る前の自分と、朝目覚めてベッドから降りる自分が同一人物だと証明出来るのですか?」
クリニックにやって来た彼女は、そう言って頑なに眠ることを拒んでいた。
精神科医の私は、彼女を診察する中で、奇妙な理論を耳にすることになる。
アダルトショップでオナホになった俺
ミヒロ
BL
初めて同士の長年の交際をしていた彼氏と喧嘩別れした弘樹。
覚えてしまった快楽に負け、彼女へのプレゼントというていで、と自分を慰める為にアダルトショップに行ったものの。
バイブやローションの品定めしていた弘樹自身が客や後には店員にオナホになる話し。
※表紙イラスト as-AIart- 様(素敵なイラストありがとうございます!)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる