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4-1 うろを満たすは side A
8 虚ろにすくう
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「古来より、中空、つまり空ろなものには何かが宿るもの、とされます」
唐突に弘がそう言った。
「酸漿なんかが有名ですかね。お盆飾りで使う酸漿はお精霊、つまり帰ってきた先祖の霊の憑坐と考えられることもありますし、鬼が元来、幽霊を指す字であったと考えれば、鬼の灯と書くのはそことの関連が窺えますが」
すたすたとシンクの方から戻って来て、また美佳の向かいにすとん、と腰をおろした弘は、それ自体は置いといて、と呟くように言う。
「小柴さん、三十代半ばですっけ? そろそろそういう圧とか親御さんから強いんでしょうねえ……いや、流石に彼氏さんの素性とか馴れ初めを聞く気はありませんが」
「なっ」
「状況から逆算しての邪推ですけど、意外と図星ですかね、これは」
少し呆れたように弘が言う。
そして、きりりと真面目な表情を作った。
「物事への認識次第で、怪異の種類も変われば、怪異側からの手の出し方も変わる、というのがわたし達の重要視するポイントでして……だから、小柴さん、あなたが身の内に怪異を飼ってしまったのは、あなた自身の物事の認識によるものでもあるんです」
「私自身の……?」
「早い話がそういう圧を受けていて、こんな事態が起こるのなら、あなたは反発せずに、早いところ結婚しなくては、ひいては孫の顔を見せなければ、とでも表面上は思った口でしょう?」
否定できなかった。
美佳の返した沈黙を肯定として受け取ったらしい弘は視線を座卓の上に落とした。
「そうなると、なんですよ。埋めなければならない空ろがそこに生まれてしまう。そこを付け込まれたというのが、今回の事例になるんじゃないですかね。ひとりかくれんぼと同じです。使うぬいぐるみに、手足があるという条件があるのも、人の形をしているならば、人と同じ魂で埋めるに相応しい空ろとするため。実際、中身の綿を抜いて生米を詰める工程もありましたね。米と名前で空ろを満たして人形と成す、というところですか」
弘の言う、美佳の身にあって埋めなければならない空ろが何かは、現状がありありと語っていた。
マグカップを座卓の上に置いて、美佳は何もないことを自覚した腹に手を当てて、一つ深呼吸をする。
「……そういえば、あの子はどうしたんですか?」
「織歌ですか? 帰らせました。その能力が必要とはいえ、一般人寄り学生にはヘビー過ぎる事態なので」
確かに、あの少女は終始緊張した面持ちで、最後に至っては身を捩る美佳のぼんやりとした視界の中で、泣きそうな顔をしていたような気がする。
いい年をした大人として、少し申し訳ない。
「……これは割と純然たる興味なんで、答えたくないなら答えないでいいんですが、どうしてしーちゃんなんて名前をぬいぐるみにつけたんですか?」
「……幼稚園の頃の、いじめっ子の呼び名です。それも、さっきまで忘れてた」
「……」
弘は少し考えるように目を細めて、じっと美佳を見つめていたが、小さくため息をついて口を開いた。
「ひとりかくれんぼの手順は、どう考えても、所謂丑の刻参り、呪いの藁人形と同じ、呪詛の系譜なんです。付ける名前と、中に入れる爪や髪の対象をちぐはぐにさせる事で軽減を狙ってるだけで」
「……軽減?」
「だって、なんにも起きなきゃ、心霊遊びとしては意味がないじゃないですか。でも、自分と同じ名前を付けてはいけないと言う禁忌を犯せば、軽減のない、自身に対する完全な呪詛として成立する。ぬいぐるみが自分とイコールとなる、と考えれば手っ取り早いです」
それはつまり、自業自得というレベルでは済まない、ということは素人の美佳でもわかった。
手順の一つの、ぬいぐるみを刃物で突き刺すということが、自分に刃物を突き立てるのと同じになるということだ。
唐突に弘がそう言った。
「酸漿なんかが有名ですかね。お盆飾りで使う酸漿はお精霊、つまり帰ってきた先祖の霊の憑坐と考えられることもありますし、鬼が元来、幽霊を指す字であったと考えれば、鬼の灯と書くのはそことの関連が窺えますが」
すたすたとシンクの方から戻って来て、また美佳の向かいにすとん、と腰をおろした弘は、それ自体は置いといて、と呟くように言う。
「小柴さん、三十代半ばですっけ? そろそろそういう圧とか親御さんから強いんでしょうねえ……いや、流石に彼氏さんの素性とか馴れ初めを聞く気はありませんが」
「なっ」
「状況から逆算しての邪推ですけど、意外と図星ですかね、これは」
少し呆れたように弘が言う。
そして、きりりと真面目な表情を作った。
「物事への認識次第で、怪異の種類も変われば、怪異側からの手の出し方も変わる、というのがわたし達の重要視するポイントでして……だから、小柴さん、あなたが身の内に怪異を飼ってしまったのは、あなた自身の物事の認識によるものでもあるんです」
「私自身の……?」
「早い話がそういう圧を受けていて、こんな事態が起こるのなら、あなたは反発せずに、早いところ結婚しなくては、ひいては孫の顔を見せなければ、とでも表面上は思った口でしょう?」
否定できなかった。
美佳の返した沈黙を肯定として受け取ったらしい弘は視線を座卓の上に落とした。
「そうなると、なんですよ。埋めなければならない空ろがそこに生まれてしまう。そこを付け込まれたというのが、今回の事例になるんじゃないですかね。ひとりかくれんぼと同じです。使うぬいぐるみに、手足があるという条件があるのも、人の形をしているならば、人と同じ魂で埋めるに相応しい空ろとするため。実際、中身の綿を抜いて生米を詰める工程もありましたね。米と名前で空ろを満たして人形と成す、というところですか」
弘の言う、美佳の身にあって埋めなければならない空ろが何かは、現状がありありと語っていた。
マグカップを座卓の上に置いて、美佳は何もないことを自覚した腹に手を当てて、一つ深呼吸をする。
「……そういえば、あの子はどうしたんですか?」
「織歌ですか? 帰らせました。その能力が必要とはいえ、一般人寄り学生にはヘビー過ぎる事態なので」
確かに、あの少女は終始緊張した面持ちで、最後に至っては身を捩る美佳のぼんやりとした視界の中で、泣きそうな顔をしていたような気がする。
いい年をした大人として、少し申し訳ない。
「……これは割と純然たる興味なんで、答えたくないなら答えないでいいんですが、どうしてしーちゃんなんて名前をぬいぐるみにつけたんですか?」
「……幼稚園の頃の、いじめっ子の呼び名です。それも、さっきまで忘れてた」
「……」
弘は少し考えるように目を細めて、じっと美佳を見つめていたが、小さくため息をついて口を開いた。
「ひとりかくれんぼの手順は、どう考えても、所謂丑の刻参り、呪いの藁人形と同じ、呪詛の系譜なんです。付ける名前と、中に入れる爪や髪の対象をちぐはぐにさせる事で軽減を狙ってるだけで」
「……軽減?」
「だって、なんにも起きなきゃ、心霊遊びとしては意味がないじゃないですか。でも、自分と同じ名前を付けてはいけないと言う禁忌を犯せば、軽減のない、自身に対する完全な呪詛として成立する。ぬいぐるみが自分とイコールとなる、と考えれば手っ取り早いです」
それはつまり、自業自得というレベルでは済まない、ということは素人の美佳でもわかった。
手順の一つの、ぬいぐるみを刃物で突き刺すということが、自分に刃物を突き立てるのと同じになるということだ。
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