上 下
68 / 266
3-2 肝試しと大掃除 side B

5 祓戸大神

しおりを挟む
「『古事記』の伊邪那岐いざなぎ黄泉よみくだりはなおさん、わかります?」
「まあ、それは一応……アレでしょ、死んだ奥さんの伊邪那美いざなみを追いかけて黄泉よみまで行ったはいいけど、うっかり伊邪那美いざなみの事見ちゃって追っかけられるやつ」

信号が青に変わったので、直人なおとが車を発進させる。

「じゃあ、その後は?」

ひろの言葉に、直人なおとはその後ぉ? と困惑混じりの声を上げている。
後部座席の織歌おりかには、ルームミラーに映る眉間にしわを寄せた直人なおとの顔が見えた。

「まあ、オジサンも伊達だて紀美きみくんに付き合ってるわけじゃないからなあ……アレだよね、岩をはさんでの問答」
「じゃあその後は?」

矢継やつばやの質問に、ひろが楽して説明しようとしているのを織歌おりかさっする。
ショートカット地点をさぐっているのだ。

「えっ……天照あまてらす月読つくよみ須佐之男すさのをが生まれる?」
「おー、飛んだ飛んだ。やっぱ知名度的には三貴子みはしらのうずのみこの誕生にいきますよね」

なおさんがここまで知ってたらどうしようかと思った、とひろつぶやく。

「……オジサンは三貴子さんきしを読みくだしでそらんじたひろちゃんにびっくりだよ」

くるくるとハンドルを回しながら直人なおとがそう言う。
カーブを曲がる遠心力に合わせて、織歌おりか身体からだは右側に揺れた。

「問答後、伊邪那岐いざなぎは、黄泉よみのせいでけがれたから、と水にかって、あらゆるけがれを洗い落とします。まあ簡単に言ってみそぎです、みそぎ

がさごそ、とひろがどうやらウエストポーチの中を探っているようだ。

三貴子みはしらのうずのみこ天照あまてらす月読つくよみ須佐之男すさのをの三はしらが生まれるのはそのみそぎの最後です」
「あー、その言い方、それより前に生まれた神様もいるって事? そこに答えがあるわけ?」
なおさん、先生の数少ない友人なだけはありますね。さっしが大変よろしい」

目当てのものを見つけたらしいひろの手元から、ぴりぴりぴり、と何かを開ける音がする。

みそぎの中でまず生まれたのは、伊邪那岐いざなぎが脱ぎ捨てた道具や衣服、装飾品から生まれた十二はしらの神。杖の衝立船戸神つきたつふなどのかみ、帯の道之長乳歯神みちのながちはのかみ、荷物の袋の時量師神ときはかしのかみ、脱ぎ捨てたころも和豆良比能宇斯能神わづらひのうしのかみはかま道俣神ちまたのかみかんむり飽咋之宇斯能神あきぐひのうしのかみ、左手の三つの手纏たまき、つまりは今のブレスレットから生まれた、奥疎神おきざかるのかみ奥津那芸佐毘古神おきつなぎさびこのかみ奥津甲斐弁羅神おきつかひべらのかみ、右手の三つの手纏たまき辺疎神へざかるのかみ辺津那芸佐毘古神へつなぎさびこのかみ辺津甲斐弁羅神へつかひべらのかみまでの十二はしら……とはいえ、今回は重要ではないです」

何か取り出したらしいひろがシートベルトをめた身をよじって、後部座席の織歌おりかに握り拳を差し出してくる。
織歌おりかがその下で両手でおわんを作るようにすると、ひろゆるめた拳から、ころりと包装されたあめが転げ落ちた。
その扁平へんぺい楕円だえんのシルエットは、どうやらバターキャンディのようだ。

「あ、ひろちゃん、ありがとうございます」

織歌おりかがそう言うと、ひろは軽く手を上げるジェスチャーを返してきた。

なおさんもいります?」
「んー、オジサンは別にいいや。それより、重要じゃないってところで終わったんだけど」

直人なおとにそう言われても、ひろはまずマイペースに自分の分のあめを取り出してぺりぺりと包装をくと口に放り込んだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

これ友達から聞いた話なんだけど──

家紋武範
ホラー
 オムニバスホラー短編集です。ゾッとする話、意味怖、人怖などの詰め合わせ。  読みやすいように千文字以下を目指しておりますが、たまに長いのがあるかもしれません。  (*^^*)  タイトルは雰囲気です。誰かから聞いた話ではありません。私の作ったフィクションとなってます。たまにファンタジーものや、中世ものもあります。

僕が見た怪物たち1997-2018

サトウ・レン
ホラー
初めて先生と会ったのは、1997年の秋頃のことで、僕は田舎の寂れた村に住む少年だった。 怪物を探す先生と、行動を共にしてきた僕が見てきた世界はどこまでも――。 ※作品内の一部エピソードは元々「死を招く写真の話」「或るホラー作家の死」「二流には分からない」として他のサイトに載せていたものを、大幅にリライトしたものになります。 〈参考〉 「廃屋等の取り壊しに係る積極的な行政の関与」 https://www.soumu.go.jp/jitidai/image/pdf/2-160-16hann.pdf

【実話】お祓いで除霊しに行ったら死にそうになった話

あけぼし
ホラー
今まで頼まれた除霊の中で、危険度が高く怖かったものについて綴ります。

女子切腹同好会

しんいち
ホラー
どこにでもいるような平凡な女の子である新瀬有香は、学校説明会で出会った超絶美人生徒会長に憧れて私立の女子高に入学した。そこで彼女を待っていたのは、オゾマシイ運命。彼女も決して正常とは言えない思考に染まってゆき、流されていってしまう…。 はたして、彼女の行き着く先は・・・。 この話は、切腹場面等、流血を含む残酷シーンがあります。御注意ください。 また・・・。登場人物は、だれもかれも皆、イカレテいます。イカレタ者どものイカレタ話です。決して、マネしてはいけません。 マネしてはいけないのですが……。案外、あなたの近くにも、似たような話があるのかも。 世の中には、知らなくて良いコト…知ってはいけないコト…が、存在するのですよ。

『別れても好きな人』 

設樂理沙
ライト文芸
 大好きな夫から好きな女性ができたから別れて欲しいと言われ、離婚した。  夫の想い人はとても美しく、自分など到底敵わないと思ったから。  ほんとうは別れたくなどなかった。  この先もずっと夫と一緒にいたかった……だけど世の中には  どうしようもないことがあるのだ。  自分で選択できないことがある。  悲しいけれど……。   ―――――――――――――――――――――――――――――――――  登場人物紹介 戸田貴理子   40才 戸田正義    44才 青木誠二    28才 嘉島優子    33才  小田聖也    35才 2024.4.11 ―― プロット作成日 💛イラストはAI生成自作画像

体育教師に目を付けられ、理不尽な体罰を受ける女の子

恩知らずなわんこ
現代文学
入学したばかりの女の子が体育の先生から理不尽な体罰をされてしまうお話です。

後悔と快感の中で

なつき
エッセイ・ノンフィクション
後悔してる私 快感に溺れてしまってる私 なつきの体験談かも知れないです もしもあの人達がこれを読んだらどうしよう もっと後悔して もっと溺れてしまうかも ※感想を聞かせてもらえたらうれしいです

【怖い話】さしかけ怪談

色白ゆうじろう
ホラー
短い怪談です。 「すぐそばにある怪異」をお楽しみください。 私が見聞きした怪談や、創作怪談をご紹介します。

処理中です...