怪異から論理の糸を縒る

板久咲絢芽

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3-2 肝試しと大掃除 side B

1 もぐむしゃタイム

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織歌おりかはふわふわとしたゆめうつつのまま、壁に寄りかかってぼうっとただ目の前を見ていた。

織歌おりか

そのゆめうつつの霧のようなふわふわとした非現実感を切りひろの声にそちらを向く。

ひろちゃん」
「……うーん、いつ見ても見ていいものじゃない感があるんですよね」

今、織歌おりかの左腕には、少なくとも織歌おりかの目には赤みをびた黒の、みっちりとスライムのような粘性のある液体で満たされた細長い袋とか、バルーンアートの細長い風船のようなもの――あるいは触手っぽいものがぐるぐるとまとわりついていて、そしてその端をひっぺがしながら口に運ぶの姿があった。

〈こいつ、はらひがしにくい〉

射干玉ぬばたまの、という枕詞まくらことばもかくやという美しく地をう長い黒の髪に浮かび上がるような白い顔。
その小さな口で、触手っぽいそれをぶちりとその見目にそぐわず豪快ごうかいに食い千切ちぎって、もちょもちょと咀嚼そしゃくしながら、は眉根を寄せてうったえる。

「たぶん、無理矢理ひっぺがしたからだと思うんですけど……」
織歌おりか、まだそのあたりは慣れてないんですから、わたしに任せてくれればいいのに」
織歌おりか、腕上げてくれ〉

織歌おりかに言われた通り腕を少し上げると、は引っぺがすことをあきらめたらしく、直接その触手っぽいものにかぶりつき、またぶちりと千切ちぎる。
ちなみに感触としては、触手っぽいのは氷みたく、ぞっとするように冷たい。
逆にの肌は夏場の木陰こかげのせせらぎに足を突っ込んだような、さわやかで清涼な冷たさがある。

「うーん、やっぱり、こう、すごい絵面えづら……」

ぞろりと長い黒髪に白玉の肌、白のひとえに緋色の切りばかま、うっかり千早ちはやと見間違える人も多そうな小忌衣おみごろも、という如何いかにも清浄にして、時代がかった格好のである。
にもかかわらず、本人はまったく無頓着むとんちゃくに、触手っぽいもの――織歌おりかが引き受けたけがれの可視化されたものを豪快ごうかい千切ちぎり、食い千切ちぎり、もちゃもちゃと頬袋ほおぶくろふくらませたハムスターのように口いっぱいに頬張ほおばって咀嚼そしゃくしている。

織歌おりかは見かけははかなげな雰囲気をまとっている可憐なタイプであると自覚はしている。
そして、どうやら自覚している以上にしたたかさとのギャップはすごいらしい……というのは置いといて。

そんな織歌おりかに(便宜上)いているはそもそも人ならざるものであって、織歌おりかたちが師事する紀美きみいわく、分類的には分御霊わけみたま的な何かになるんじゃないかな(困惑)、らしい。
紀美きみの言い分がそんな曖昧あいまい模糊もことした歯切はぎれの悪いものになるのも、それはそれで理由はあるのだが、それもさて置き。

何も気にせず、見た目に反して、やや粗暴そぼうだったりコミカルだったりな挙動を取っていようと、織歌おりかのそばを離れぬこの人ならざるものは、魅力と呼ぶにはあやしすぎるきつける美しさを持っている。

「ん……」
〈すまん、歯が当たったな〉

なので、ひろの言うところのすごい絵面えづらというのは、なんとなく背徳感を感じるような、その内実はともかくとして、美しくてあやしくてはかなげでありながらグロテスクをともなった、一種耽美たんび的な様相をていしているのである。

なお、織歌おりかにとって兄弟子あにでしであるロビンは最初目撃した時に、何をのぼせ上がったのか鼻血を出していた。
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