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閑話1 コックリさん(事後処理)

10 不審者が言うことにゃ8

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「とはいえ、それは本来の話。平安後期から先、お稲荷いなりさんは仏教しに入り、独自に進化した荼枳尼天だきにてんとの同一視、つまりは習合しゅうごうが進んだ」
「だき、なんて?」
荼枳尼天だきにてん。本来はヒンドゥー教の黒き破壊の女神カーリーに付き従うとされる屍肉しにくを食らう鬼女ダーキニー。ダーキニー自体はわば種族なんだけど、日本では荼枳尼天だきにてんという単一の神として扱われる。そして、荼枳尼天だきにてんはその屍肉しにくを食らうという、つまり死者と関わるところから、仏教の曼荼羅まんだらにおいて閻魔えんまとの関連性が浮上して、閻魔えんま紐付ひもづいていた野干やかんという獣との関連性ができあがった。この野干やかんはジャッカルを意味するシュリガーラを中国で漢字に音写したものなんだけど、どうやら身近な屍肉しにくを食らう獣と見なされたっぽいんだよね。それが日本ではキツネとされた。」
「じゃ、ジャッカル? 違わない? キツネと全然違わない?」

晴人はるとのツッコミにおにーさんは、はっはっは、と笑う。

「全然違うよ、うん。でも、そう言えるのはすでに僕らがキツネもジャッカルもからであって、そもそも音写した中国の時点でジャッカルの存在がんだよ。まして屍肉しにくを食らう獣なんて、とらえようとするヤツはそうそういないはずだから、姿もろくに伝わらず、性質だけが伝播でんぱする。そうなると性質が同じ身近な別物を指すようになるか、伝説上のものと化すんだよ。野干やかん身近なもの前者パターン。伝説後者パターンで有名なのは、イルカやクジラの仲間のイッカクの牙がユニコーンの角とされたやつじゃない?」
「……日本の中だとジャッカルっぽかったのが、キツネってこと?」

狼ではないのか、と思わなくはない。
ペットボトルの小さな口からコーラの真っ黒な水面みなものぞき込みながら、晴人はるとはそう思う。

「そうしてキツネと結びついた荼枳尼天だきにてん外法げほうと呼ばれつつも、平安末期から鎌倉以降にかけて、ちゃんとまつれば福をもたらす一方、まつり方を間違えればたたる、加護の強さも気性の荒さも抜群の女神となっていった。『古今著聞集ここんちょもんじゅう』では時の右大臣、藤原ふじわらの忠実ただざねが何らかの願いをかなえるために荼枳尼天だきにてん修法しゅほうをさせてるし、『源平盛衰記げんぺいじょうすいき』の中ではたいらの清盛きよもり荼枳尼天だきにてんの別名の貴狐天王きこてんのうに出会ったとされている。外法げほう、つまりは正道からはずれたものと思われていても、キツネ繋がりで宇迦之御魂うかのみたまと習合して、お稲荷いなりさんとして成立するにしたがい、外法げほうとも呼べなくなった」

そこまで言って、おにーさんはお茶を口にふくむ。
おにーさんの持つお茶は三分の一しか減っていない。

「そうして進化していって、全国的に街道かいどうの整備や治安の一定化が達成され、それまでの不安定な情勢よりも商売にてきした江戸時代までくると、現代と同じ、あきないの神としての側面を得たお稲荷いなりさんになったわけ。農民に対しての豊穣ほうじょうとはすなわち繁栄であるとすれば、商人に対しても拡大解釈で適用できる」

――で、話を元に戻そうか。
そうおにーさんがにこやかに言って、晴人はるとは本来はコックリさんの話をしていたのだと思い出した。
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