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2-2 山と神隠し side B
11 並び立つべきか、立つべからざるか
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「ギリシャ神話の場合、そもそもの前提の問題だとボクは思う」
端的にロビンは言い放った。少しは弘自身に考えさせたいようだ。
「前提、ですか?」
「グノーティ・セアウトン」
ロビンが言葉少なに口にした言葉は、世界の格言トップテンを上げさせたら入ることが多そうな言葉、ギリシャはデルポイ神殿に刻まれたという「汝自身を知れ」である。
ラテン語版の方が有名になってそうな気もするが。
「ええっと、神域と人界を隔てる神殿の門に書かれたんでしたっけ」
「つまり?」
「うー、お前は所詮人間ってことですよね?」
そう、とロビンは頷いた。
「今でも英語でmortalという語がある。これは古代ギリシャ語のブロテイオスという語と等価、つまり、まるっきりおんなじ意味。人は死すべきものという意識だ」
「あー……タンタロスもイクシーオーンも、神と同じ食卓につく事を許された」
そして、その食卓で饗されるものは、古代ギリシャ神話における神の飲食物。
「アンブロシアと、ネクタール……」
「アンブロシアは、それこそブロテイオスと語根は同じ。それに否定辞のα-がついて音韻変化でμがαとβの間に入った。ということは?」
「……否定前がmortalと同じなら、immortal?」
たぶん語源的にはmortalの方はラテン語だとは思うが、実際のところローマはギリシャの文化を引き継いでいるので、そこのところの考え方は同じでいいはずなのだ。
「アンブロシアは同じ印欧語に連なるというところでインド神話のアムリタとの関連性も考えられたりするけれども、それは置いておいて。ネクタールは後半要素が事実上の否定で、前半部分のνέκ-はネクロマンシーやネクロフィリアという単語で使われる死を意味するネクロと同じだ」
「どっちにしろ、不死……あーそういえばどっちが飲み物で食べ物かっていう判別って、本当はないんですっけ」
「ネクタールは蜜やジュースの一種を指す一般名詞のネクターに、アンブロシアはなんかすっごい胸焼けしそうなデザートの名前になってるけどね」
マシュマロにココナツにクリームはないわ、とロビンがボヤく。
とりあえず、死ぬほど甘いものだろうことは弘にも察しがついた。
怖いもの見たさの好奇心的なところで気にはなる。主にカロリー。
「まあ、それを不死なる神と共に、死すべき人が食らって不死となることを良しとする見方が生まれるか? って話。『イーリアス』で有名なアキッレウスとかエレウシスの祭儀に繋がるデーモポーンとかも、与えられたのは不完全な不死だったり、未遂になった存在だし……そもそもギリシャ神話においては半神ですら、生きたまま有力な神になれたと言えるのは、その狂乱の権能で力押ししたディオニューソスぐらいじゃないかな? まあ、生まれ的には審議の余地はあるんだけど」
「下級神とゼウスの間の子ですら死すべき人の一族の祖になってたりしますし……変なとこシビアですよね」
とはいえ、と弘は思い返す。
「タンタロスは神々を騙して己が手にかけた息子を食わせようとしたのと、アンブロシアの持ち出しを咎められて、タルタロス行きでしたよね」
「うん。喉が渇いても水を飲めず、腹が減っても果実を食えずの永遠の責苦という懲罰を受けている」
「イクシーオーンは尊属殺人と不敬罪横恋慕でしたっけ」
「言い方!」
ロビンがツッコんでくる。
でも事実上間違ってないと弘は思う。
端的にロビンは言い放った。少しは弘自身に考えさせたいようだ。
「前提、ですか?」
「グノーティ・セアウトン」
ロビンが言葉少なに口にした言葉は、世界の格言トップテンを上げさせたら入ることが多そうな言葉、ギリシャはデルポイ神殿に刻まれたという「汝自身を知れ」である。
ラテン語版の方が有名になってそうな気もするが。
「ええっと、神域と人界を隔てる神殿の門に書かれたんでしたっけ」
「つまり?」
「うー、お前は所詮人間ってことですよね?」
そう、とロビンは頷いた。
「今でも英語でmortalという語がある。これは古代ギリシャ語のブロテイオスという語と等価、つまり、まるっきりおんなじ意味。人は死すべきものという意識だ」
「あー……タンタロスもイクシーオーンも、神と同じ食卓につく事を許された」
そして、その食卓で饗されるものは、古代ギリシャ神話における神の飲食物。
「アンブロシアと、ネクタール……」
「アンブロシアは、それこそブロテイオスと語根は同じ。それに否定辞のα-がついて音韻変化でμがαとβの間に入った。ということは?」
「……否定前がmortalと同じなら、immortal?」
たぶん語源的にはmortalの方はラテン語だとは思うが、実際のところローマはギリシャの文化を引き継いでいるので、そこのところの考え方は同じでいいはずなのだ。
「アンブロシアは同じ印欧語に連なるというところでインド神話のアムリタとの関連性も考えられたりするけれども、それは置いておいて。ネクタールは後半要素が事実上の否定で、前半部分のνέκ-はネクロマンシーやネクロフィリアという単語で使われる死を意味するネクロと同じだ」
「どっちにしろ、不死……あーそういえばどっちが飲み物で食べ物かっていう判別って、本当はないんですっけ」
「ネクタールは蜜やジュースの一種を指す一般名詞のネクターに、アンブロシアはなんかすっごい胸焼けしそうなデザートの名前になってるけどね」
マシュマロにココナツにクリームはないわ、とロビンがボヤく。
とりあえず、死ぬほど甘いものだろうことは弘にも察しがついた。
怖いもの見たさの好奇心的なところで気にはなる。主にカロリー。
「まあ、それを不死なる神と共に、死すべき人が食らって不死となることを良しとする見方が生まれるか? って話。『イーリアス』で有名なアキッレウスとかエレウシスの祭儀に繋がるデーモポーンとかも、与えられたのは不完全な不死だったり、未遂になった存在だし……そもそもギリシャ神話においては半神ですら、生きたまま有力な神になれたと言えるのは、その狂乱の権能で力押ししたディオニューソスぐらいじゃないかな? まあ、生まれ的には審議の余地はあるんだけど」
「下級神とゼウスの間の子ですら死すべき人の一族の祖になってたりしますし……変なとこシビアですよね」
とはいえ、と弘は思い返す。
「タンタロスは神々を騙して己が手にかけた息子を食わせようとしたのと、アンブロシアの持ち出しを咎められて、タルタロス行きでしたよね」
「うん。喉が渇いても水を飲めず、腹が減っても果実を食えずの永遠の責苦という懲罰を受けている」
「イクシーオーンは尊属殺人と不敬罪横恋慕でしたっけ」
「言い方!」
ロビンがツッコんでくる。
でも事実上間違ってないと弘は思う。
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