怪異から論理の糸を縒る

2-2 山と神隠し side B

6 瓢箪に釣り鐘

この兄弟子あにでしと師の違うところの一つとして、紀美きみは本格的に思考を始めると少なくとも聴覚情報はシャットダウンしてそのまま淵ふちに沈んでいくのだが、ロビンは呼びかければすぐに引き揚あがる。
そんなわけで、どこか一点を見つめていたロビンの視線はすぐに弘ひろに戻った。

「ああ、ごめん」
「こればっかりは、あの師匠にしてこの弟子ありと言われても仕方ないと思いますよ」

ちくりと釘くぎを刺させば、ロビンはため息をついた。

「逆にヒロが感化されないのが納得いかない」
「わたし、生憎あいにくと頭の回転も悪ければ、思考も固いので」

それは誇ほこることじゃない、とロビンが渋しぶい顔をして呟つぶやいてから、抱かかえたリュックの上で腕を組む。

「あーでも、あれだな、壺つぼと瓠ひさごって中華圏的には同音による混同が起きてるみたいなの、なんかで読んだから、そこはもしかしたら等価equalかも」
「瓠ひさごってことは瓢箪ひょうたんですか……そういえば、なんか『西遊記』でも瓶かめと瓢箪ひょうたんが一緒に出てきた件くだりがあったような？　名前呼んで返事した対象を吸い込んで溶かすやつ」

一般的に子供向けの絵本に載のってたのは瓢箪ひょうたんだけで、そんな一大決戦みたいなのなら、たぶん金角きんかくと銀角ぎんかくだった気がする。そもそも、瓶かめの能力もあの瓢箪ひょうたんのコピーだったし。

「羊脂ようし玉浄瓶ぎょくじょうへいと紫金しきん紅葫蘆こうころだっけ。そういえば、八仙はっせんの張果老ちょうかろうも、乗ってるロバを瓢箪ひょうたんから出し入れしていたはず……」

八仙はっせん。その字の如ごとく、中華圏の神仙思想における代表的な八人の仙人・仙女のこと。
当初こそ古代ギリシャのオリュンポス十二神のように諸説あったらしいが、確かどこかの時点でほぼほぼ固定になっている。
その内の張果老ちょうかろうといえば。

「正体バラされた仕返しに道士一人殺して、バラさせた人が約束通りにとりなしたので生き返らせたとかいう人ですっけ？」
「なんでそんな物騒な覚え方してるの……」

困惑の気配が濃密に漂ただようが、弘ひろは気にしない。
むしろ、覚えていた事を褒めて欲しい。
それを見透みすかしたのか、生温なまぬるい視線だけ寄越よこして、ロビンは気を取り直したように口を開いた。

「同じ八仙はっせんだと李り鉄拐てっかいも、アトリビュートattributeの一つとして瓢箪ひょうたんがあったね」
「ああ、弟子のせいで火葬されちゃったから、その辺へんの物乞ものごいになった人」
「……うーん、割とメインエピソードだから突っ込めない」

丸い卵も切りようで四角。つまるところ物は言いようというやつ、と思われている。
なお、ロビンの言うアトリビュートは、特に西洋絵画における、描かれた人物が何者かを指すための持ち物や装飾品のこと。持物じぶつというやつだ。

「でも、李り鉄拐てっかいといえば、やっぱりそのメインエピソードや名前と紐ひもづく鉄の杖のイメージの方が強いですね」

魂だけ抜けて修行してくる、期日までに戻って来なけりゃ火葬にしろ、と弟子に言いつけたのに、親の訃報ふほうだったかに慌あわてた粗忽者そこつものの弟子は、なんと期日の一日前に李り鉄拐てっかいの本来の身体からだを荼毘だびに付してしまったのだ。
結果、憐あわれ、李り鉄拐てっかいは身体からだがなくなってしまったから、仕方なく近くで死んでた物乞ものごいの身体からだで生き返った。
そしてその物乞ものごいの片足が悪かったものだから、鉄の杖をついている。故に鉄の杖を意味する「鉄拐てっかい」と呼ばれるとか。

「そうね、ヒロが覚えてるぐらいのインパクトはあるもんね」

ロビンのその生温なまぬるい視線での返しは貶けなされていると取るべきなのか、なんなのか。
ただ少しばかり、マジックテープのざらざらな方を触さわった程度に、弘ひろには引っ掛かった。