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2-1 山と神隠し side A

8 霊脩を留め憺として帰るを忘れしめん

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ハーバリウムherbarium、ねえ……」

物怖ものおじする事なくロビンは空を見上げている。

びんの中に世界があるってなると、まるで壺中之天こちゅうのてんみたいですねえ」
「逆じゃない? それの類似でハーバリウムherbarium、みたいな……まあ、壺中之天こちゅうのてん自体、そもそも三壺さんこと関係しそうな気がするけど」

え、なんですか、それ、と言うひろを無視したまま、ロビンは空を見上げたまま考え込んでいる。
これは自分もうっかり突っ込むと時間を浪費するだけになってしまう、とすでさとったたけるは大人しく黙っていた。やぶをつついて蛇を出すぐらいなら、その蛇の邪魔をせずにじゃの道を案内してもらう方が得策なのだ。

「そうか、山の神、山鬼さんき、そういうのもあるかあ……」

ロビンがそのまま眉間にしわを寄せた。

山鬼さんきというと、『楚辞そじ』の山鬼さんきです? もしや雨具とライトの出番です?」
「『ようとして、冥冥めいめいたりて、ああひるくらく、
 東風とうふうひょうとして、神霊しんれいあめふらす』
……だからねえ。無いよりはあった方がいい」

そう言いつつも、ロビンはぶつぶつとそっかあと何度か繰り返す。
何か理解できてしまったけど、したくなかった、みたいなそんな微妙な空気を感じる。
そして、どこかげっそりとした顔で、空を見上げていた顔を元に戻した。

「……ヒロがいるから、膠着こうちゃくしてそう」
「わたし、です? オコゼでも持ってくればよかったですかね」
「うん……うー、見過ぎた」

ぐりぐりとロビンが眉間をみほぐしている。
何を見たのか。オコゼってあの魚のオコゼか。
気にはなるが、たけるの中では、やぶから出てくるだろう大蛇と好奇心であれば、好奇心の方が軽かった。早く帰りたい。
眼鏡を押し上げながら、ロビンが口を開く。

「ヒロ、自力でタケルを連れて戻れる?」
「……一応は」
「じゃあ、遠隔は?」

今度はひろが眉間にしわを寄せた。

「……個人的コンディションとしては無理なく」
「懸案事項があるんだね?」
「はい。舞台的にととのい過ぎているので、制御に不安が……」

言いよどひろにロビンが何度かうなずく。

「なるほど。だけどさ、ヒロ、タケルが思った通り、すでにここはハーバリウムherbarium、つまり
「あ……」

ロビンの言葉に、ひろははっとして少しだけ視線を彷徨さまよわせてから、覚悟を決めたようにロビンを見つめた。

「……そっか。それなら、たぶん大丈夫です。いけます!」

そう言うやいなや、ひろは自分のリュックをがさがさと探り出す。
そして、まず取り出したのは、余りにも武骨ぶこつで、それゆえに強力そうなヘッドライトだった。

たけるくんはライト、あります?」
「えっと、たしか、懐中電灯ある」
「それなら、わざわざ出さずにヒロのに頼った方が良くない? 手、ふさがるでしょ」

ひろと同じく、それでもひろより手際てぎわよくロビンもヘッドライトを取り出す。
そして続けざまに折りたたみのレインコートと、それから眼鏡ケースを取り出して、そのまま眼鏡を外し、ケースにしまうとひろに差し出した。

「ヒロ、頼んでいい?」

対するひろはそれを当然のように受け取る。

「わかりました」

そして、受け取ったひろは、引っ張り出したレインコートのかわりとばかりに、リュックに突っ込んだ。

「ロビンにーちゃん、メガネはずしていいの?」
「ん、伊達だてだからね」

本気出すにははずした方がいい、とその眼鏡がないと余計にきつく見える目つきでロビンはさらりと言ってのける。

「それより、タケルもレインコート着込んどいて、持ってるでしょ?」
「あ、うん」

ちらりとたけるひろを見れば、すでに折りたたみのレインコートを広げていた。
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