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昔話1 ロビンの話
Arthur O'Bower 1
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「こかげのアーサー、かせちぎり
むかってくれば地がうなり、
スコットランドの王さまがぜんぶの力を使っても
少しも向きを変えやしないのがこかげのアーサー」
英国に古くからあるわらべ唄におけるなぞなぞの一つ。
Little Nancy EtticoatやOld Mother Twitched had but one eyeと比《くら》べれば知名度は劣《おと》るけれど。
このなぞなぞの答え。
ここで言う「こかげのアーサー」は、「嵐の風」を擬人化したものだ。
そして、おそらく、ここに「アーサー」の名が使われる必然性は、ヨーロッパ全域に伝わる嵐を伴う怪異、人ならざる猟団に由来すると思われる。
◆
「おやまあ、妖精に名前を尋ねるとは。いいえ、その度胸と匂いに免じましょう。そうね、エインセルとお呼びになって」
「畏まりました、エインセル殿」
「そして、私は貴方をなんと呼べばいいのかしら」
人間相手には胡散臭い、胡散臭いと言われ続ける笑顔を浮かべたまま、口を開く。
生憎と、ここで禁忌を犯すほどの豪胆さを僕は持ち合わせないし、そこまで無知でもない。危ない橋を渡る自覚はあるけどね。
「僕の事も、エインセルとお呼びいただければ」
古くは『オデュッセイア』のポリュペーモスのくだりでも見られる、別の意味合いを持った偽名による名乗り。
それは『オデュッセイア』のように、「誰でもなかった」り、今回のように「自分自身」だったりする。
それを聞いて、彼女が少しばかり眉を上げ、うっすらと笑みを深める。
解らなければそれでよし。解ってて乗ってくれるなら、それはそれでよし。
「……そう。それで? 嵐の匂いの人界のエインセル、わざわざ私を呼び立てたからには何かがあるのでしょう?」
「はい。此方にいる者について、少しばかり意見を交えたく」
ニワトコの下のロビンに視線を向ければ、ロビンが息を飲むのがわかった。
エインセルには見えないように、軽くウインクをしてみせる。もうやるしかないと自身の退路を断つためでもある。
「ふふ、うふふふふ。やはり、手慣れているのね。こうして私を呼んでみせたのだもの。そうね、貴方が来てくれるなら、対価には十分だわ」
「残念にして誠に申し訳ございませんが、僕はとうに仰ぐ方を決めておりますので。貴女には、おわかりでしょう?」
そう言えば、ころころと鈴を転がすようにエインセルが笑う。
よくまあ、随分と笑ってみせる。
あわよくばロビンを連れて行けないか、或いは僕を連れて行きたいのか。
こちらの警戒を読まれていそうな気はする。
「あら、残念。それでもコマドリの胸を染めた血の主を仰ぐよりは好ましいのだけど。そうね、でも、久方ぶりにこうしてお呼ばれしたのだもの、ここで終わりにしては勿体ないわ」
「でしょう? ですから、一時ばかり、貴女のお時間を頂けますか?」
すうっと笑みの形のまま、エインセルは目を僅かに開いた。
玉虫の色。色そのものとして作り得ず、光によってのみ存在する構造色。
その笑いが本当に人間の笑いなのかはわからない。
こちらの理に乗るつもりがあるのかすらもわからない。
つまるところ、向こうについて、何も読めない。
「そうね、夜の嵐のエインセル、構わなくてよ。いいえ、貴方ならば、喜んで!」
交渉のテーブルにつかせる段階は突破。
じっとりと背中を冷や汗が伝った。
むかってくれば地がうなり、
スコットランドの王さまがぜんぶの力を使っても
少しも向きを変えやしないのがこかげのアーサー」
英国に古くからあるわらべ唄におけるなぞなぞの一つ。
Little Nancy EtticoatやOld Mother Twitched had but one eyeと比《くら》べれば知名度は劣《おと》るけれど。
このなぞなぞの答え。
ここで言う「こかげのアーサー」は、「嵐の風」を擬人化したものだ。
そして、おそらく、ここに「アーサー」の名が使われる必然性は、ヨーロッパ全域に伝わる嵐を伴う怪異、人ならざる猟団に由来すると思われる。
◆
「おやまあ、妖精に名前を尋ねるとは。いいえ、その度胸と匂いに免じましょう。そうね、エインセルとお呼びになって」
「畏まりました、エインセル殿」
「そして、私は貴方をなんと呼べばいいのかしら」
人間相手には胡散臭い、胡散臭いと言われ続ける笑顔を浮かべたまま、口を開く。
生憎と、ここで禁忌を犯すほどの豪胆さを僕は持ち合わせないし、そこまで無知でもない。危ない橋を渡る自覚はあるけどね。
「僕の事も、エインセルとお呼びいただければ」
古くは『オデュッセイア』のポリュペーモスのくだりでも見られる、別の意味合いを持った偽名による名乗り。
それは『オデュッセイア』のように、「誰でもなかった」り、今回のように「自分自身」だったりする。
それを聞いて、彼女が少しばかり眉を上げ、うっすらと笑みを深める。
解らなければそれでよし。解ってて乗ってくれるなら、それはそれでよし。
「……そう。それで? 嵐の匂いの人界のエインセル、わざわざ私を呼び立てたからには何かがあるのでしょう?」
「はい。此方にいる者について、少しばかり意見を交えたく」
ニワトコの下のロビンに視線を向ければ、ロビンが息を飲むのがわかった。
エインセルには見えないように、軽くウインクをしてみせる。もうやるしかないと自身の退路を断つためでもある。
「ふふ、うふふふふ。やはり、手慣れているのね。こうして私を呼んでみせたのだもの。そうね、貴方が来てくれるなら、対価には十分だわ」
「残念にして誠に申し訳ございませんが、僕はとうに仰ぐ方を決めておりますので。貴女には、おわかりでしょう?」
そう言えば、ころころと鈴を転がすようにエインセルが笑う。
よくまあ、随分と笑ってみせる。
あわよくばロビンを連れて行けないか、或いは僕を連れて行きたいのか。
こちらの警戒を読まれていそうな気はする。
「あら、残念。それでもコマドリの胸を染めた血の主を仰ぐよりは好ましいのだけど。そうね、でも、久方ぶりにこうしてお呼ばれしたのだもの、ここで終わりにしては勿体ないわ」
「でしょう? ですから、一時ばかり、貴女のお時間を頂けますか?」
すうっと笑みの形のまま、エインセルは目を僅かに開いた。
玉虫の色。色そのものとして作り得ず、光によってのみ存在する構造色。
その笑いが本当に人間の笑いなのかはわからない。
こちらの理に乗るつもりがあるのかすらもわからない。
つまるところ、向こうについて、何も読めない。
「そうね、夜の嵐のエインセル、構わなくてよ。いいえ、貴方ならば、喜んで!」
交渉のテーブルにつかせる段階は突破。
じっとりと背中を冷や汗が伝った。
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