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昔話1 ロビンの話
How many miles to Babylon? 7
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◆
「うわ、めっちゃいい匂い」
あの後、気休めが効いたのか、妨害らしい妨害はなく、僕は淡々とルールの無い倉庫番パズル――ルールがなくて倉庫番と言えるのかという異議は置いておく――をクリアした。
庭の片隅にテーブルと椅子をセットしてから、引きずり出した本だとか扇風機の前に戻って、これは戻さないと拳骨ものだな、と箱詰めパズルをする羽目になった。
そして、それをクリアしてリビングダイニングに戻ったら、この食欲を刺激するミンスパイの匂いである。何故、小麦と卵とバターを焼いた匂いって、こうもよだれが出るんだろうね。
「出してきたんだね?」
「うん、隅っこに」
テーブルの上にはティーセット一式をロビンが確保している。
「あ、これ、使っていいやつ?」
「そうだよ。前に仕方ないから買い取ってやった、他称呪いのティーセットさ」
ロビンがこうして平然と確保してるなら、本当に何もないやつなんだろうけれど、ちょっと気になる。
「他称?」
「呪われてたのは家の方だったってオチ。奥さんが相当参ってたけど、旦那さんが現実主義者でね、呪われてると思ったものを奥さんがバザーで売るぐらいしかできなかったのさ」
なんて可哀想な元持ち主。引きつった笑いしか出ないぞ。
まあ、それなりのティーセットだから、この際いいか。
「えーと、そしたらアレだなあ……どうやってカチコむかなあ……うーん」
「あんたのやり方でだと、あたしもわからんよ」
「んー、一番効率いいのはマザーグースもじるかなあ」
ついクセで、後頭部をぐしゃぐしゃとかきむしる。
詩や童話ほど、暗黙の了解を織り込むものはない。
キーワード的にはサンザシは外せないな。
「ねえ、サンザシの出て来るマザーグースある?」
「え? アレかね。五月初めの美人さんかね」
シンシアが思い出すように口ずさむ。
「五月初めの美人さん、夜明けの野っ原出かけて行って、
サンザシの朝露で洗ったならば、とっても美人になるのさねってやつよ」
「ふーん、なるほど、五月初めね、丁度いい」
サンザシの下が妖精の国に繋がるタイミングの一つだ。
それを想起できる組み合わせが元からある一つの詩としてあるなら、無理矢理に繋げるより効率がいい。
「ロビン。ロビンはさ、どっか行くみたいなマザーグースって何か思いつくのある?」
「……シーソー、サクラダウン?」
「ロンドンの町にゃどう行きゃいい? ってやつだね」
シンシアが補足してくれる、
しかし、ロンドンか。意外と近いな。
近いけど遠い、遠いけど近い。そういう概念が欲しい。
東洋圏でいう蓬莱《ほうらい》みたいな。
「もっと遠くとかない?」
「それなら、バビロンまで何マイルじゃないかい?」
ぱっとロビンが目を輝かせて、口を開く。
「バビロンまでなんマイル?
六十と、あと十マイル
ろうそくのひかりでいけるかな?
もちろん、もどっても来れるとも!
もし足がはやくてかるいのならば
ろうそくのひかりでいけるとも」
「よし、使える」
即決した。
いや、こういうの、こういうのが欲しかったんだよ、遠くて近い場所に行って帰る概念。
ほくほくしながら考えている内に、シンシアは出来上がった一口サイズのミンスパイをざらーっとさらに流し込むように乗せていた。
「うわ、めっちゃいい匂い」
あの後、気休めが効いたのか、妨害らしい妨害はなく、僕は淡々とルールの無い倉庫番パズル――ルールがなくて倉庫番と言えるのかという異議は置いておく――をクリアした。
庭の片隅にテーブルと椅子をセットしてから、引きずり出した本だとか扇風機の前に戻って、これは戻さないと拳骨ものだな、と箱詰めパズルをする羽目になった。
そして、それをクリアしてリビングダイニングに戻ったら、この食欲を刺激するミンスパイの匂いである。何故、小麦と卵とバターを焼いた匂いって、こうもよだれが出るんだろうね。
「出してきたんだね?」
「うん、隅っこに」
テーブルの上にはティーセット一式をロビンが確保している。
「あ、これ、使っていいやつ?」
「そうだよ。前に仕方ないから買い取ってやった、他称呪いのティーセットさ」
ロビンがこうして平然と確保してるなら、本当に何もないやつなんだろうけれど、ちょっと気になる。
「他称?」
「呪われてたのは家の方だったってオチ。奥さんが相当参ってたけど、旦那さんが現実主義者でね、呪われてると思ったものを奥さんがバザーで売るぐらいしかできなかったのさ」
なんて可哀想な元持ち主。引きつった笑いしか出ないぞ。
まあ、それなりのティーセットだから、この際いいか。
「えーと、そしたらアレだなあ……どうやってカチコむかなあ……うーん」
「あんたのやり方でだと、あたしもわからんよ」
「んー、一番効率いいのはマザーグースもじるかなあ」
ついクセで、後頭部をぐしゃぐしゃとかきむしる。
詩や童話ほど、暗黙の了解を織り込むものはない。
キーワード的にはサンザシは外せないな。
「ねえ、サンザシの出て来るマザーグースある?」
「え? アレかね。五月初めの美人さんかね」
シンシアが思い出すように口ずさむ。
「五月初めの美人さん、夜明けの野っ原出かけて行って、
サンザシの朝露で洗ったならば、とっても美人になるのさねってやつよ」
「ふーん、なるほど、五月初めね、丁度いい」
サンザシの下が妖精の国に繋がるタイミングの一つだ。
それを想起できる組み合わせが元からある一つの詩としてあるなら、無理矢理に繋げるより効率がいい。
「ロビン。ロビンはさ、どっか行くみたいなマザーグースって何か思いつくのある?」
「……シーソー、サクラダウン?」
「ロンドンの町にゃどう行きゃいい? ってやつだね」
シンシアが補足してくれる、
しかし、ロンドンか。意外と近いな。
近いけど遠い、遠いけど近い。そういう概念が欲しい。
東洋圏でいう蓬莱《ほうらい》みたいな。
「もっと遠くとかない?」
「それなら、バビロンまで何マイルじゃないかい?」
ぱっとロビンが目を輝かせて、口を開く。
「バビロンまでなんマイル?
六十と、あと十マイル
ろうそくのひかりでいけるかな?
もちろん、もどっても来れるとも!
もし足がはやくてかるいのならば
ろうそくのひかりでいけるとも」
「よし、使える」
即決した。
いや、こういうの、こういうのが欲しかったんだよ、遠くて近い場所に行って帰る概念。
ほくほくしながら考えている内に、シンシアは出来上がった一口サイズのミンスパイをざらーっとさらに流し込むように乗せていた。
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