怪異から論理の糸を縒る

板久咲絢芽

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昔話1 ロビンの話

How many miles to Babylon? 2

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「えーと、セロハンテープ、セロハンテープ……」

このさい、メンディングでも養生ようじょうでもマスキングでも、貼り付けられるテープならなんでもいい。むしろ、ドアや壁に跡を残さないという点で言うなら、マスキングや養生ようじょうが最上ではある。
と、文房具の集まったチェストの上をあさっていると、セロハンテープが出てきたのでそれをほんの少しばかり、ぴっと切り取る。

?」

僕の突然の、どう見ても奇行を目で追うだけだったロビンが、流石さすがに問いかけてきた。
むしろよくここまでかなかったな。いや、びっくりしてただけか。

「何してるのかってことでしょ? うん、シンシアの力も借りたいんだけどさ、に入って来られるのはロビン的にもイヤでしょ」

十字架を書きつけたメモ用紙の上にセロテープを、ぺっと貼り付ける。

「勉強中とは言え、多少文脈理解してるから、結界barrierを張れないこともないかなあって」
けっかいbarrier?」
「そう、が入ってこれないように」

そう言って、ドアを開ける。
目の前、至近距離に眉間みけんにしわを寄せたシンシアがいた。
そのままそっとドアを閉めたくなる欲をおさえて、手短てみじかに言う。

「シンシア、ちょっと結界barrier試そうと思うから待ってて」
結界barrier?」
「そう、彼らが入れないようにする」

言って、ドアに十字架を書いたメモ用紙を貼り付けた。

「あをやぎの、かづらきやまにおはします以下略」

そもそもとしてこれは、本来的に招来しょうらい傾聴けいちょううながすだけの文句なので、僕にとっては、単なるスイッチの切り替えなだけである。
今は緊急事態だし、そこまで集中するほど難しいことをするわけでもないし、ついさっき一度スイッチ入れてるし、略式ショートカット略式ショートカット

ここは教会、人の場所There is a church, is a place of mortal.
 ここは教会、神の家There is a church, is a house of Lord.
 ここは教会、迷い羊の集い場所There is a church, is gathered stray sheep.
 ここは教会、己の罪をわきまえよThere is a church. So KNOW THYSELF.
「……あんた、人んのリビングになんてことしてくれてんだい」

シンシアが、げえっと言わんばかりの顔でそう言う。
それを受けて、貼り付けたメモを指差す

「これを起点にだましてるだけ。剥《はが》せば大丈夫だから」
「はいはい、で、これであたしも入って大丈夫って言うんだろ?」
「そういうこと、のはず」

はずって、と困惑しながらもシンシアが部屋の中に入ったので、ドアを閉めた。
僕やシンシアの目からはわからないので、ロビン自身にく他ない。

「ロビン、どう? ?」

ロビンはふるふると首を横に振った。
成功である。
小さくガッツポーズすれば、シンシアに横目でにらまれた。

――そもそも、妖精はキリスト教的理屈からはみ出しつつも、庶民的信仰の中に根付いていた、Godという文脈である。
そも自身が何であるか、はその文脈で異なりつつも、「地獄にちるほどではなかった堕天使」、「天の国が閉鎖されたことによって帰れなくなった空気の天使たち」、「に亡くなった子供の霊」と、キリスト教的理屈で排除されるべきとされる存在であるし、多くキリスト教の権威にはおとるとされる。だからこそ、教会の鐘をいとうとも言うのだろうし。

であれば、無理やりにでも「ここは教会である。すなわちキリスト教の権威下である」としてやれば、それは妖精にとっておかすべからざる禁域となる。

「あんた、得意げな顔してるけど、このチェストの上あさった跡はなんだい」
「いや、その、テープ探してて……」

まったく、と言いながらてきぱきとシンシアがそのあたりを元の通りにキレイにした。
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