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昔話1 ロビンの話
How many miles to Babylon? 1
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「How many miles is it to Babylon?
Threescore miles and ten.
Can I get there by candle-light?
Yes, and back again!
If your heels are nimble and light,
You may get there by candle-light.」
「バビロンまで何マイル」は英国に古くからあるわらべ唄の一つ。
時に、旧約聖書に記述された新バビロニア王国ネブカドネザル二世によるユダ王国のバビロン捕囚と関連付けられて語られる事もある。
「ろうそくの光」と「六十マイルと十マイル――つまり七十マイル」の双方を人の寿命と考えて、死ぬまでには故郷に帰りつけるだろうか、という意味合いで。
結局のところ、歴史的に発生した事実という観点から言えば、このバビロン捕囚とその前のアッシリア捕囚の二つが主な起因となり、かつ己の伝統を守り続けた、今でいうところのユダヤ民族は、自身が固着するべしとした土地を外的要因で一度失うことになったのだが、まあその辺りは根深いし、うっかり触ると深度三の火傷を負うこと必至なので置いておいて。
何にせよ、遥か遠く離れてる場所に行けるか、思いを馳《は》せる歌なのである。
ちなみに、「by」と「candle-light」をどう訳すか――「ろうそくの光によって」か、「夕暮れまでに」か――で、ナンセンスの度合いが変わる歌でもある。
◆
「おかあさんも、いっしょだから、行こうっていわれたの」
「シンシアの周りの彼らに?」
「……うん、おばあちゃんのまわりでみたのも、いっしょだった」
ティッシュを取って渡せば、ロビンは両の目を拭ってから、鼻をかんだ。
さて、今となっては親切ごかした顔をしていたというシンシアの周りのもの達まで言い出したとなると、妖精達は、ロビンの母がいれば、勝算があると踏んだ、ということになる。
いや、この場合、妖精の乳母の文脈にもかかってくるのか?
「……ねえ、ロビン、二年前のこと、なんだけど、キミは善き隣人達に連れ去られた。そうだね?」
「……たぶん、そう。にわで、ひとりであそんでたの。そしたら、だれかがうしろでわらうこえがして」
「その時には連れ去られてた?」
こくりとロビンが頷く。
そうなれば、問題は何をされたかだ。
「そのまま、にわだとおもってたの。でも、みずのなかみたいに、ゆらゆらしてて、きらきらしてて……そしたら、きれいなしろい人がきて、目をとじなさいって」
「目を?」
ふしぎだったの、とロビンが呟く。
首を傾げて続きを待つ。
「目をとじたはずなのに、とじてないみたいになって、その人、そのままぼくのまぶたをなでるみたいに、なにかつけたの」
「つけた……塗った?」
「うん、ぬるってした。それで、もういいよっていわれて、目をあけたら、シャボン玉がはじけるみたいに、夜になってた」
「……じゃあつまり、キミのそれは妖精の軟膏か!」
瞼に塗れば、真実を見通す事ができるようになるという妖精の軟膏。
民話で語られるそれは、妖精の出産に際して連れて来られた産婆や、妖精の子供の世話役として連れて来られた娘が、その子供の瞼に塗るように指示された軟膏を、誤って彼女自身の瞼に塗ってしまう事で真実を見てしまい、追い出される。
その真実は立派な御殿のようだった家が洞窟だったり、自分を雇い入れた主の人ならざる姿だったりする。
「少なくとも、あの文脈から紐解けば、軟膏は許可なく塗った者に対しては人界としての真実を見せるものだけど……」
ああ、まどろっこしい。
僕では文脈を読み切れるほどの知識がない。
となれば、もう心当たりは一つしかないわけだけど、敵に情報を売るのはいやだ。
一度、長く息を吐き出してから辺りを見回して、見つけた電話横のメモから一枚引き千切り、同じく電話横のペンを取って、僕は十字架を書きつけた。
Threescore miles and ten.
Can I get there by candle-light?
Yes, and back again!
If your heels are nimble and light,
You may get there by candle-light.」
「バビロンまで何マイル」は英国に古くからあるわらべ唄の一つ。
時に、旧約聖書に記述された新バビロニア王国ネブカドネザル二世によるユダ王国のバビロン捕囚と関連付けられて語られる事もある。
「ろうそくの光」と「六十マイルと十マイル――つまり七十マイル」の双方を人の寿命と考えて、死ぬまでには故郷に帰りつけるだろうか、という意味合いで。
結局のところ、歴史的に発生した事実という観点から言えば、このバビロン捕囚とその前のアッシリア捕囚の二つが主な起因となり、かつ己の伝統を守り続けた、今でいうところのユダヤ民族は、自身が固着するべしとした土地を外的要因で一度失うことになったのだが、まあその辺りは根深いし、うっかり触ると深度三の火傷を負うこと必至なので置いておいて。
何にせよ、遥か遠く離れてる場所に行けるか、思いを馳《は》せる歌なのである。
ちなみに、「by」と「candle-light」をどう訳すか――「ろうそくの光によって」か、「夕暮れまでに」か――で、ナンセンスの度合いが変わる歌でもある。
◆
「おかあさんも、いっしょだから、行こうっていわれたの」
「シンシアの周りの彼らに?」
「……うん、おばあちゃんのまわりでみたのも、いっしょだった」
ティッシュを取って渡せば、ロビンは両の目を拭ってから、鼻をかんだ。
さて、今となっては親切ごかした顔をしていたというシンシアの周りのもの達まで言い出したとなると、妖精達は、ロビンの母がいれば、勝算があると踏んだ、ということになる。
いや、この場合、妖精の乳母の文脈にもかかってくるのか?
「……ねえ、ロビン、二年前のこと、なんだけど、キミは善き隣人達に連れ去られた。そうだね?」
「……たぶん、そう。にわで、ひとりであそんでたの。そしたら、だれかがうしろでわらうこえがして」
「その時には連れ去られてた?」
こくりとロビンが頷く。
そうなれば、問題は何をされたかだ。
「そのまま、にわだとおもってたの。でも、みずのなかみたいに、ゆらゆらしてて、きらきらしてて……そしたら、きれいなしろい人がきて、目をとじなさいって」
「目を?」
ふしぎだったの、とロビンが呟く。
首を傾げて続きを待つ。
「目をとじたはずなのに、とじてないみたいになって、その人、そのままぼくのまぶたをなでるみたいに、なにかつけたの」
「つけた……塗った?」
「うん、ぬるってした。それで、もういいよっていわれて、目をあけたら、シャボン玉がはじけるみたいに、夜になってた」
「……じゃあつまり、キミのそれは妖精の軟膏か!」
瞼に塗れば、真実を見通す事ができるようになるという妖精の軟膏。
民話で語られるそれは、妖精の出産に際して連れて来られた産婆や、妖精の子供の世話役として連れて来られた娘が、その子供の瞼に塗るように指示された軟膏を、誤って彼女自身の瞼に塗ってしまう事で真実を見てしまい、追い出される。
その真実は立派な御殿のようだった家が洞窟だったり、自分を雇い入れた主の人ならざる姿だったりする。
「少なくとも、あの文脈から紐解けば、軟膏は許可なく塗った者に対しては人界としての真実を見せるものだけど……」
ああ、まどろっこしい。
僕では文脈を読み切れるほどの知識がない。
となれば、もう心当たりは一つしかないわけだけど、敵に情報を売るのはいやだ。
一度、長く息を吐き出してから辺りを見回して、見つけた電話横のメモから一枚引き千切り、同じく電話横のペンを取って、僕は十字架を書きつけた。
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