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1-2 逆さまの幽霊 side B
5 願望に呼ばれたもの
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「今回の依頼人……まあ今回の噂の発生源だったわけなんだけど、彼女が言うには、実際に事件が起きてから、旧の噂が発生するまで、タイムラグがあったんだよ」
そう言って、紀美はこつこつとソファベッドの肘掛けを指先で叩く。
ロビンは片眉を上げて、紀美の言葉の続きを待つ。
「実際に噂が出たのは、昭和末期から平成初期にかけてのいじめ問題の台頭《たいとう》の時期なんだ。そしてそれは、その辺りの記事」
「つまり、最初のウワサは憶測による理由の引き当てからの、それらしい理屈付けか……」
ロビンにも話が見えてきた。
先に自殺があって、その後の時流で問題に上がったものの影響で、「その自殺の原因もそうだったのではないか」と勝手に思われ、噂となった挙げ句、反語として「そうに違いない」となった。
そうなれば、実際に焼きついていた怨嗟に「そうあれかし」と他者の願いが投影される形となって、顕在化を果たしておかしくない。
見たいものを見たいようにしか見ない人間なんて、そこかしこに溢れているのだし。
「……本当に墓穴暴きタイプじゃん。逆に塗り潰されててよかった」
「まあ、ロビンの目ならそう言うよね。それでも、二十年前ぐらいに途絶えたんだよ」
「なんで?」
その辺りはロビンの手にしている資料にはない。
ということは、かなり局所的な理由で、恐らくは紀美が依頼人から直接聞いたのだろう。
「子不語怪力乱神」
「はあ? いきなり儒教?」
変人扱いを受けているだけあって、紀美の突飛な発言はいつもの事ではある。
そして、悲しいかな、長年の付き合いとそれに応えるために広範に取り込んだ知識で、ロビンにはそれが『論語』の一節であることぐらい、簡単にわかってしまうのだ。
「まあ、依頼人の時点で伝聞だから、伝聞の伝聞なんだけど、当時の校長がそういう方針の人になったらしくて、徹底的に七不思議的なやつを潰したっぽい。時期的に世紀末前後だし、さもありなん、というか。今も校則の何条目かにコックリさん禁止令があるらしいよ、実質効力はないみたいだけど」
「……なるほど」
その気持ちを、ロビンはわからないでもない。
誰もが、基本的に、自分の見ている世界しか現実ではないと考えるのだから。
「で、センセイ、依頼人当人、あの古株の先生は、本物の目撃者、なんだろ?」
「正確には、あの先生は本当の依頼人の協力者、だよ。本当の依頼人は、今の生徒のおばあちゃん……というには若い人。でもロビンがそう見たなら、その先生も解決を望んでたんだろうね」
ロビンにとっての現実は、本来は緑だった目の色が青に変わったその日から、悍ましさの中に、ほんの僅かな煌めきを落としたようなものに変わって久しい。
そんなロビンから見て、あの高校の職員室で対応してくれた、あの先生はどちらかといえば煌めきの方に近い者だった。
良く言えば有り体の善人、悪く言えば有り体のお人好しというタイプだ。
「で、こんな少し離れた年代でわざわざ漁ったってことは、あの先生はまだしも、本当の依頼人の学年はズレてるってわけか」
「そういうこと。最初の噂はどうやら、こういった事件を背景として、抑止力の意味合いで語られたようだよ。本人の怨嗟とは無関係にね」
最早、風と紛うばかりの、それでも確かに鋭く重い、憤りを含んだ幽かな声を思い出し、ロビンは同情する。
自身の決意と恨みを胸に死んだ少女は、勝手にいじめに対する因果応報の舞台装置の役を押し付けられたのだ。
死人に口なしとは、本当によく言ったものだと、呆れる他ない。
「だから、実際の真偽を問わず最初の噂の段階で逆さまであるべきだった。それをさっきキミに確認したんだ、ロビン」
紀美の榛色の目に、ちらりと緑が揺れた。
そう言って、紀美はこつこつとソファベッドの肘掛けを指先で叩く。
ロビンは片眉を上げて、紀美の言葉の続きを待つ。
「実際に噂が出たのは、昭和末期から平成初期にかけてのいじめ問題の台頭《たいとう》の時期なんだ。そしてそれは、その辺りの記事」
「つまり、最初のウワサは憶測による理由の引き当てからの、それらしい理屈付けか……」
ロビンにも話が見えてきた。
先に自殺があって、その後の時流で問題に上がったものの影響で、「その自殺の原因もそうだったのではないか」と勝手に思われ、噂となった挙げ句、反語として「そうに違いない」となった。
そうなれば、実際に焼きついていた怨嗟に「そうあれかし」と他者の願いが投影される形となって、顕在化を果たしておかしくない。
見たいものを見たいようにしか見ない人間なんて、そこかしこに溢れているのだし。
「……本当に墓穴暴きタイプじゃん。逆に塗り潰されててよかった」
「まあ、ロビンの目ならそう言うよね。それでも、二十年前ぐらいに途絶えたんだよ」
「なんで?」
その辺りはロビンの手にしている資料にはない。
ということは、かなり局所的な理由で、恐らくは紀美が依頼人から直接聞いたのだろう。
「子不語怪力乱神」
「はあ? いきなり儒教?」
変人扱いを受けているだけあって、紀美の突飛な発言はいつもの事ではある。
そして、悲しいかな、長年の付き合いとそれに応えるために広範に取り込んだ知識で、ロビンにはそれが『論語』の一節であることぐらい、簡単にわかってしまうのだ。
「まあ、依頼人の時点で伝聞だから、伝聞の伝聞なんだけど、当時の校長がそういう方針の人になったらしくて、徹底的に七不思議的なやつを潰したっぽい。時期的に世紀末前後だし、さもありなん、というか。今も校則の何条目かにコックリさん禁止令があるらしいよ、実質効力はないみたいだけど」
「……なるほど」
その気持ちを、ロビンはわからないでもない。
誰もが、基本的に、自分の見ている世界しか現実ではないと考えるのだから。
「で、センセイ、依頼人当人、あの古株の先生は、本物の目撃者、なんだろ?」
「正確には、あの先生は本当の依頼人の協力者、だよ。本当の依頼人は、今の生徒のおばあちゃん……というには若い人。でもロビンがそう見たなら、その先生も解決を望んでたんだろうね」
ロビンにとっての現実は、本来は緑だった目の色が青に変わったその日から、悍ましさの中に、ほんの僅かな煌めきを落としたようなものに変わって久しい。
そんなロビンから見て、あの高校の職員室で対応してくれた、あの先生はどちらかといえば煌めきの方に近い者だった。
良く言えば有り体の善人、悪く言えば有り体のお人好しというタイプだ。
「で、こんな少し離れた年代でわざわざ漁ったってことは、あの先生はまだしも、本当の依頼人の学年はズレてるってわけか」
「そういうこと。最初の噂はどうやら、こういった事件を背景として、抑止力の意味合いで語られたようだよ。本人の怨嗟とは無関係にね」
最早、風と紛うばかりの、それでも確かに鋭く重い、憤りを含んだ幽かな声を思い出し、ロビンは同情する。
自身の決意と恨みを胸に死んだ少女は、勝手にいじめに対する因果応報の舞台装置の役を押し付けられたのだ。
死人に口なしとは、本当によく言ったものだと、呆れる他ない。
「だから、実際の真偽を問わず最初の噂の段階で逆さまであるべきだった。それをさっきキミに確認したんだ、ロビン」
紀美の榛色の目に、ちらりと緑が揺れた。
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