怪異から論理の糸を縒る

板久咲絢芽

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1-2 逆さまの幽霊 side B

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「やっぱりね。僕の考えの通り、織歌おりかで治まる範囲だっただろ?」
「うん。それに、丁度目撃者もいたけど、それもオリカがうまい具合に理屈付けたよ。やっぱり、オリカは吸収率がいい」

ほうほう、と紀美きみは感心したように声を上げて、ひざを組んだ。
今日も今日とて、チェストの上のポータブルデジタルオーディオプレイヤー用スピーカーからは、いつもの紀美きみ厳選クラシックプレイリストが流れている。

葛城かつらぎ紀美きみ
その界隈かいわいでは、鬼才きさいだの変態へんたいだの、詐欺師さぎしだの魔術師まじゅつしだの、散々さんざんな悪名も上々じょうじょうの名声も手にしている男だ。
その実のところ、享楽的きょうらくてきなようでいて、思慮しりょぶか明晰めいせきで、かと思えば刹那的せつなてきな面をのぞかせる。
どうやっても問題児でありながら、その能力についてはがみきなのだから、異端児いたんじとして持てあまされるのは必至ひっしの人物である。
それでも、現状、彼に師事するロビンをふくめた三人は、この紀美きみによって救われたようなものだった。
……いや、織歌おりかについては、アレはアレで、そのままたくましく生きていた気がしなくもない。

「最初のウワサで見えてたのは、それこそ本当にがベースだと思う。残滓ざんしが残ってた」
「それは、ロビンにはきつかったんじゃない? 大丈夫?」

異端児いたんじとは言え、こうして心配してくれる程度には紀美きみに常識はある。
そもそも、悪名が高い理由の七割ほどは、あくまで紀美きみの常人と伝統をいっした理論を受け入れがたいというだけで、二割ほどは嫉妬しっとだと、ロビンはとうに文字通り見透みすかしている。
つまり、この人格を問題と見做みなして目くじらを立てているのは一割ばかり……なのだが、むしろそういうの人間の方が、この変人を割り切って受け入れる傾向があるので時間の問題じゃなかろうか、とロビンは見ている。
何事も慣れであるのだ、慣れ。

「着地点がちょっときつかったけど、から、まだマシ」

恨みや憎悪を血でりこめるような思いを持った上でげられた死の現場。
意図して見たものとはいえ、そうした情報を視覚的にとらえてしまうロビンは、それが善き隣人達good fellowsによるものであるがゆえに、悪影響を相殺そうさいできるにしても、どうしても心情としてはやすい。
それでも、単純に見えるようになった頃から考えれば、十年以上付き合いのある能力なので、ちょっとやそっとでは、くことや肉を食べられなくなるということは流石さすがになくなった。なくなって本当によかったのかは、さだかではない。

「そう、じゃあ、今回の噂はは争点にされてなかったんだね」
「うん。オリカもを突いて、目撃者の思念によるものとして論理に落とし込んでた。そして、それ自体も実際に間違いじゃない」

ロビンの目に、残滓ざんしとしてではなく、今きている怪異としてうつった人影それ自体は、織歌おりかが仮説に語ったように、とうの本人がベースではなかったのである。
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