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第7話 カラオケッチ
しおりを挟む現代の高校生がする夜遊びなんて、たかが知れている。
それに未成年が深夜などに出歩く深夜徘徊は補導対象となるため、多くの誠実な高校生諸君は滅多と深夜の街を歩くことはない。
よって高校生の夜遊びは、たいていの場合みな同じ場所に集中していく構造にある。
信二と香住もまたその例外ではない。
香住においては高校生ではないのだが、温室育ちのお嬢様ということで、同類と考えることも致し方ない。
香住と信二のふたりは少し浮ついた感覚をもちながら、今回の夜遊びの場へと……
入っていったのだった。
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
「わ、私……カラオケなんて初めて来たわ。なんだかとっても悪いことしてる気分」
香住は受付で部屋番号が書かれたレシートのような紙を受け取り、エレベーターが下に降りてくるのを待ちながら、そんなことを言った。
どうやら、香住はカラオケ自体、初めてのようだった。
夜遊び以前の問題で、『遊び』をあまり知らないみたいだ。
『上へ参ります』
エレベーターのドアが開き、香住は先に入り5階のボタンを押して、締めるボタンを押した。
「香住さんは本当に遊び方を知らないんですね。ちなみに僕、高校生ですよ。香住さん、そんなので周りに着いていけるんですか?」
信二は少しだけ意地悪な声を作って香住さんをからかった。
「べ、別にカラオケ以外なら喫茶店とか書店巡りとか色々とやってるんだからね」
「一人で……ですよね」
「べ、別に友達がいないとかそういうのじゃないからね! わ、私と趣味が釣り合う人が少ないだけなんだからね!」
『ドアが開きます』
ドアが開き、信二は開くボタンを押して、先に香住を外へ出す。
「喫茶店巡りなんて、定番の趣味、周りにたくさんいそうですけどね……」
「……信二くん、なんかちょっと意地悪」
さすがに弄りすぎたようで、香住さんは不貞腐れてしまったように見える。
友達いない探り、は冗談でもするべきはないなと、このとき信二は感じたのだろう。
「あははは、ごめんなさい。ちょっと意地悪したくなっちゃいました。あまりにも香住さんが初心うぶで可愛いものでしたので……」
「なっ……」
信二は香住さんのことを段々と理解してきているつもりだ。
どうすれば、香住さんの顔を赤く染めることができるのか……
どうすれば、香住さんに自分の存在を植え付けることができるのか……
…………
…………
…………
みるみるうちに香住さんの顔は真っ赤になっていく。
信二にとって、香住さんは……
「さっ……507号室、着きましたよ。早く歌いましょう、香住さん。まだまだ夜は長いですよっ」
「…………う、うん」
驚くほどに、チョロい存在であるとともに……
(僕はこんなに初心な女性と仲良くなれたのは、初めてかもしれない。何の打算も計画もない、純粋な心のままというか……。どこにでもいる、僕みたいな年相応に汚れてしまった心が、ひどく汚れて見えてしまうな……)
とても愛おしく思える存在になりつつあった。
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
それなりにカラオケに通っていた信二は、最近の流行りの曲を卒なく歌い、カラオケがどういうものなのか、香住さんに伝授していた。
最近の流行りの曲よりも、昔の曲のほうが、はるかに歌いやすいこと。
点数を気にして歌うよりも、自分の好きなように歌ったほうが、ストレス発散にもなるし、カラオケを純粋に楽しめること。
信二以外の誰かと、もし来ることになったときは、無難な選曲をしておいたほうが自己防衛になり、コミュニケーション的には有効なことetc.........
「こっいびとっよ~ ぼくはた~び~だつ~ ひが~し……」
香住さんは、最近ようつべで見たという、好きなアーティストの弾き語りカバーソングがとても良かったということで、その曲を選曲して歌っていた。
かなり昔の曲でありながら、ジャズテイストにアレンジされていたそれは、信二も聞いたことがあり、少し馴染みのある曲だった。
「はなやいだまちで~ き~みへの……」
香住さんは、とても気持ちよさそうに歌っている。
純粋に楽しんでいる様子が見れて、信二としても満足している。
二人はしばらく、お互いに交互に歌いながら、カラオケボックスでの時間を目一杯に楽しむことにした。
驚くほどに早く時間は過ぎ去り……
溶けていった……
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
気がつけば、カラオケの残り時間もあと20分に迫っていた。
さすがに初めての夜遊びで、オールをさせるのは酷だろうと信二も考えていたので、今回は3時間程度に時間を設定していたのだ。
「はぁ~。めっちゃ歌ったから、声ガラガラ……」
信二はそう言って、香住さんのほうを見る。
顔を紅潮させている香住さん。
しかし、それは恥ずかしさとか、照れから来ているものではないことは明らかだ。
全力でカラオケを楽しんでくれた香住さんは、その白い頬を紅潮させて、血潮をぐるぐると体全身に巡らせ、汗を流していた。
歌を歌って汗を流したのは、高校生の合唱コンクール以来だと、熱弁までもしてくれた。
香住さんは初めての夜遊び、といってもカラオケボックスで高校生と全力で歌いあっただけではあるが……
十分に楽しんでくれたようだった。
「……信二くん」
香住さんは、信二のすぐ隣で、そう呟いた。
息がまだ荒い。
それでも、しっかりと信二の目を見て、何かを伝えようとしていた。
「今日はありがとね。とっても楽しくて……。初めての夜遊びだったけど、それが信二くんで本当によかった」
香住さんから、まさかそんなに実直な感謝の気持ちを伝えられるとは、信二としても想定外だったらしい。
信二は口をポカンと開けて、香住さんを見ている。
「香住さんが、ツンデレじゃなくなってる……」
信二は冗談を言って、香住さんのことをまたもや、からかった。
しかし、今回の香住さんは少し違っていた。
どこか色気のある瞳で、ただただ信二のことを見つめていた。
そこには、大学生相応の官能があった……
「……こんな私、嫌いかな」
(あ、れ……)
香住さんの雰囲気がどういうわけか、色っぽくなってきている。
お互いの目がとろんとして、目と目が合い、視線が交差する。
香住さんの顔がさらに真っ赤になる。
二人の荒い鼻息が、ふわりと肌を撫でる距離。
(か、すみ……さん?)
「私……信二くんのこと、好きになっちゃったみたい」
(えっ……えっ……)
信二はまさかの事態に、混乱している。
だが、それは表情には出ない。さすがは彼女持ちの男だ。肝が座っている。
「私って、チョロいのかな」
香住さんは塩らしい声で、そう言って……
そうして、流れるように……
信二の唇を奪った。
「んっ……」
「んんっ……」
二人の口づけは残りの20分弱の間、ずっと続けられた。
信二の下心で誘った夜遊びが……
香住さんの純粋無垢な恋心と、暴走する本能で上書きされた夜となった。
暗闇に怪しげに光る、点滅した色鮮やかな光のなかで……
二人は永遠のように長く感じる時間を……
本能で貪り尽くしたのだった。
【続く】
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