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第6話 まだまだ明るい頃の帰り道

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 「ふぅ~」



 7月のまだまだ太陽が高い18時という時分。



 信二はその日も無事に喫茶店でのバイトを終え、喫茶店の外で人を待っていた。



 そろそろ喫茶店の常連からも顔を覚えられて、居心地のいい職場になってきている。初バイトにしては、かなりの好スタートのようだ。



 駅から徒歩15分ほどの人気ひとけの少ない通りにある喫茶店。先輩にも恵まれて、なかなかにいい職場のようだった……




「おまたせ~」

「あ、香住さん」




 信二は、カランコロンと耳に心地よく響く音に振り返る。



 そこには大学へ通うための落ち着いた雰囲気の私服に身を包まれた、藤原香住の姿があった。



 いかにもお嬢様といったふうな私服が、香住さんにとても似合っていた。



 そして彼女が、言わずもがな、信二の今回のターゲットである。



 今日もバイト中に色々と言い合いにはなったが、二人はとても良好な関係を築けている。



 そして今日もいつものように、駅前までの道のりを一緒に帰ることになっているようだ。




「どう?バイトのほうは?今日見た感じだと結構慣れてきてるみたいだけど」



 香住さんが何気ない感じで、そう言った。それと同時に香住さんは歩き始める。



 それに信二もつられて歩き始める。



「はい、だいぶ慣れてきたと思います。マスターたちが本当にいい人で優しくて、それに加えて香住さんの教え方が上手だからだと思います。ありがとうございます、香住さん」

 

 信二はわざとらしく、事細かに感謝の言葉を伝えた。



「そう……。よかったわ。そういってもらえて。私もちゃんとしっかり先輩できるか不安だったから。でもそうね。信二くんが見た目の割に、しっかりしてる子で本当によかったわ」




 香住さんがふふふっと笑って、信二のことをからかう。




「……香住さんがそうやって僕のことからかってくれるの、なんかいいですね」

「な、なによ……。べ、べつに頑張ってあなたのことからかったとかじゃないんだからね!」




 香住さんが少しだけ顔を赤くして、ぷいっとそっぽを向いた。



 今のにもツンデレを発揮できるところを見ると、香住さんは相当のツンデレ女子大学生だと見受けられる。



 そういう香住さんの様子をみて、信二は少しだけ心配になる。果たしてこんな調子でうまく大学生活を送っていけるのだろうか……と。



 実際にサークルの新歓だけで挫折してしまっているところを見ると、そのメンタルはかなり弱いように思える。




(僕でよかったら、香住さんに寄り添ってあげたいな。これからも……)




 信二は浮気をしている身でありながら、そんな真っ当な考えが頭のなかに浮かんでいた。



 だからといって、それが浮気を正当化することには繋がらないわけだが……



 ただ……



 心の底からそう思ったという、その気持ちだけは嘘偽りはないことだけは確かだ。




「あははははは、香住さんって本当に可愛いですね」

「なっ…!!!!!!!!!!」



 

 信二の唐突な『可愛いですね』という言葉に驚いて顔を真っ赤にする香住さん。




(ああ……本当に大丈夫だろうか、この人は)




 高校2年生の信二に真剣に心配されてしまう香住さん。



 どうやら、これからまだまだ相当の社会経験を積んでいく必要がありそうだ。



 信二は娘でも見るかのような顔をしたかと思うと、ふと思いだしたかのように、




「あ、そうだ。香住さん、今日このあと暇ですか?」




 ついに、そう切り出したのだった。




「えっ……」




 7月の、日の入りはまだまだ先にある。



 夜の入り口はこれからという頃。



 香住さんは何度でも顔を赤くする。



 何度でも何度でも何度でも……



 顔を赤くする。



 それがどういう感情から来るものであっても。



 恋

 羞恥

 怒り

 悲しみ

 ……



 それら繊細な感情を感じながら、人はただただ成長していくのだと思う。




「もしよかったら、この後少しだけ遊んでいきません?」




 信二は貼り付けたような、自然でありながら不自然な笑顔を香住さんに向ける。




「あ……えっと。わたし、その……。まだ夜遊びをしたことが、その。なくて」




 香住さんが、しゅぅっと音を立てているかのかと思うほど、あからさまに恥ずかしがっている。



 かわいい。



 大学生にもなって、こんなに無垢でなにも遊び方を知らず、高校生に振り回されてしまう人がいるなんて、信二は夢にも思わなかった。



 これが社会を知るということではないかもしれないけれど……



 信二はいまとても、意味のある時間を過ごしていると確信することができている。




 高ぶる感情

 はち切れんばかりの心臓の鼓動

 速く力強く駆け巡る熱い血潮



 

 信二はいま、この瞬間。



 茜以外の女を好きになって、よかったと……



 浮気をしてよかったと……



 心から……そう思った。




「大丈夫ですよ、香住先輩。先輩がコーヒーのあれこれ教えてくれたみたいに、僕がいろいろ教えてあげますから」

「で、でも……。家の門限が……」

「先輩もそろそろ家が窮屈だなとか、感じてきてないんですか。どうして私だけこんなに閉じ込められてばかりなんだろうって」

「……そ、それは」

「先輩……。喫茶店のバイトが大事なように、夜遊びもとってもとっても、大事な社会経験なんですよ」




 信二の言葉がしっかりと香住さんの心のなかに響いている様子。



 香住さん得意のツンデレ攻撃なんかこれっぽちもやってこない。




「…………えっと。そんなに言うなら。お、お願いしてもいい……かな」





 香住さんがもじもじとしながら、恥ずかしそうに、そう言った。





「はい、喜んで」

「べ、別にあんたのこと信頼してるとか、そういうわけじゃないんだからね!」




 最後にはしっかりとツンデレを発揮してくれた香住さん。



 さすがプロ意識が高くあられる。





 ……………



 

「あはは。それでは、香住さん。いきましょうか」

「べ、べ、べ、別にあんたのこと信頼して――――――――――――」




 こうして、信二と香住は、夜の街へと……



 溶けていった。
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