田舎にいた頃の濃密な日々

ねんごろ

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 僕が僕でいられたころの、たった少しだけの青春の時間。

 僕はそこにすべてを置いてきてしまったようだ。

 人生の喜びも。

 人生の幸せも。

 快楽も。

 何もかも全てを……

★★★★★★★★★


「だれが風を見たでしょう 僕もあなたも見やしない けれど木の葉をふるわせて 風は通りぬけてゆく」

 清流の対岸で、彼女は口ずさむ。

 緑の葉がその影を揺らしながら、水面にまだらの模様を作る。

 石にこべりついた、川藻を何匹もの鮎が代わる代わる食んでゆく。

「風よ 翼を震わせて あなたのもとへ届きませ」

『カナカナカナカナカナカナカナカナカナ……』

 彼女は片手に持った紙飛行機をぼくの方へ、ひゅうっと放った。

 けれども、風はそれを運んでくれなかった。

 紙飛行機はくるくるとその、向きを変えながら。

 ついには、対岸に届くこともなく、道半ばで水面に着水した。

「うーん、教室だと、よく飛ぶのに……」

 彼女は川のなかに、ずぷずぷと入りながら、僕のもとまでやってくる。

 その真っ白な足が、水流を切って……

 彼女に飛沫をかけていく。


『カナカナカナカナカナカナカナカナカナ……』


 僕のもとにやってきた彼女は、とても幸せそうに笑っていた……

★★★★★★★


「ああっああああ!!!」

 僕は彼女の真っ白でか細い腰を、しっかりと掴みながら、腰を振るう。

 渓流の少しだけ陰になったところで。

 上に走る県道からは僕たちの姿がちょうど見えないところ。

 これが僕たちの日課だった。

 学校がえりに、2人で必ずこの場所に立ち入って……

 ひぐらしの鳴き声に包まれながら、混じり合う。

 混ざり合う……

 自然のなかで一つになる。

「気持ちぃよ……すっごく私、幸せ」

 彼女は次第に自ら腰を動かすようになる。

 立ったまま……

 自らの意思……

 その姿は、本能的に生きる人間本来の、こころの奥底に眠るありのままの気持ち、そのものを表しているようだった。

「あああっあああっ」


『カナカナカナカナカナカナカナカナカナ……』


「ああっ!!あああっ!!!!ああああっん!!!」


『カナカナカナカナカナカナカナカナカナ……』


★★★★★★★★★★


 僕はいまでも、あのときを思い出す。

 ひぐらしの鳴き声を。

 彼女のせつなそうな、喘ぎ声も。

 なにもかもすべて。

 僕たちはあのとき、お互いにわかっていた。

 もう、来年には一緒にいられないことを。

 僕は東京へ出て勉学を。

 君は、家の定めた許嫁とすぐに結婚することを。

 僕たちは、お互いの道を歩み始めた……

 自分の意思とは関係なしに。


「だれが風を見たでしょう 僕もあなたも見やしない けれど木の葉をふるわせて 風は通りぬけてゆく」


 僕はあのときの情景を脳裏に鮮明に描きながら……



「風よ 翼を震わせて あなたのもとへ届きませ」


 もう二度と帰ってこない、あのとき

 あの時間に思いを馳せた。

【完】
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