地底世界で何世代にもわたり生活をしてきた人類は『F=GMm/r^2』の影響で貧乳になったらしい。そんな世界で地底人は何を目指すのか?

ねんごろ

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『F=GMm/r^2』が形状を決定する。

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 人々が地底世界に憧れて数世紀。それは具体的な創作形式が定まり、広く娯楽としてSFが定着し始めた近代・現代において、より顕著なものとなった。



 小説や漫画、映画など。ありとあらゆるコンテンツ形式において、たくさんの地底世界が表現されては消費されていった。そしてそのなかには、実際に世の中を変革するための原動力としてSFを活用する数少ない人々が含まれていた。



 全てはそのような人たちによって始まったと言える。これは歴史的に見ても検証可能であり、特にここ何世紀かの人類においては明らかであり、帰納法的に正しいことであると主張できるかもしれない。



 少数の天才が既存の天才から影響を受け、それを延々と限られた領域のなかで継承していく。そしてその恩恵は確実に世の中を変革していき、パラダイムシフトといったような人類の根底にある思想的枠組みにさえも影響を与えてしまうことが何度もあった。



 しかし、おおよその人にとってそれは特段、関係のないことである。どうして今があるのか、どのような理屈でそれが成り立っているのか。物理現象から哲学的事象に至るまで、ありとあらゆる背後的本質への無関心が人類の本質だ。大勢はこの大きな枠組みに無自覚的に乗船しているに過ぎない。それに自覚的であると思っていても、やはりそれは本質的なものではないことが多い。いくら努力しても、その深淵を覗きうる人々はごく少数であり、限られている。



 要するにこの世界は、ごく限られた天才が与えたきっかけによって形成・再形成された枠組みに、大勢の人々が要素的存在となり作用することで進んでいると。歴史を形作っていると……



 そして、この地底世界の存在もまた。



 この延長線上にある運命的な帰結なのだと。




☆☆☆☆☆☆☆☆




 何世代を経ただろうか。



 すでに地底世界で新しい文明を形作った『地底人』たちは、かつての地上での繁栄を遠い過去の懐かしい祖先の記憶として、コンテンツで消費するしかなくなっていた。




「なぁ……アイゼンシュタイン」サイレンカは自らの乳房を手のひらに収めて、パートナーであるアイゼンシュタインに声をかけた。



 サイレンカは部屋の天井に映し出されたコンテンツ映像を眺めている。古典的な技術を復活させる趣味がある彼女は、プロジェクタで天井にかつての映画と呼ばれるコンテンツを映していた。



 そこには現在とはまるで異なる映像美が広がっており、技術的束縛のなかで芸術を追求している人類の姿勢は今も昔も大して変わらないなという印象を彼女は抱いていた。



「どうした?」アイゼンシュタインは彼女と一緒にベッドで仰向けになりながら、それを眺めている。その目はどこかうつろで、遠い景色を眺める老人のような穏やかさがあった。




「私たちはかつての世界戦争から逃れるようにして、ここに新たな世界を築いたのよね。歴史はそう物語っているわ」



 サイレンカはぽつぽつと、言葉をゆっくりと紡いでいく。そこには日々の地底世界の便利すぎる生活が作り出した人間の穏やかさがあった。



「ああ、そうだな。ご先祖様には感謝をしないといけないな」アイゼンシュタインはそういって、口を閉ざした。それ以上は何も語る必要がないといったような潔さがあった。



「でもね、私はふとしたときにね、この地底世界がひどくつまらない所のように思えてきてしまうの」

「たとえば、どんなとき?」アイゼンシュタインは眠たそうな声でそう言った。



「それはいまこの瞬間でもそう。天井に映っている映像には、胸のとても大きな女性が出てくるの。ほら、この女性。ほら、あの女性も」

「ああ、それは有名な話じゃないか。子供のときの授業で習っただろ? 地底世界では地上よりも重力が大きく、その影響で女性の乳房は顕著な変化を遂げた。言葉を選ばずに言うと、胸はより小さく、形の崩れにくい張りのあるものに自然淘汰的に変化していったと……」

「ええ……。その理屈を私は何度も何度も繰り返して、私の心に落とし込んでみたのよ。でもね、私は信じたくないのよ。だって、どうしてそんな理由で胸が小さくならないといけないのよ。私は胸が大きいほうがいいわ。いくら重たくって生活が困難になるといってもよ。女としては悲しいものなの」



 サイレンカは声を震わして、半ば泣いているかのような声色で告白した。



 この地底世界では、胸はより小さくて張りがあるほうが好ましいという一般常識が形成されていった。これは『地底人』にとって、生存戦略として至極当然の価値基準となって、意味もなく共有された思想ともいえる。



 言葉を選んで言い直すと、初めは意味もなかった(むしろ非難の対象であったともいえる)その思想が、新たな意味を形作っていったとでもいうべきだろうか。



 とどのつまり思想とは、そのようなものが含まれている。流動する価値観がそこにはあって、一般常識とはそのマジョリティでしかなく、人類の現状に基づいた発展には欠かせないもの。



 それが、この地底世界においても当然のように受け継がれているというわけだ。



 そう歴史が物語っている。




「そうなんだね。ごめん、無神経だった」

「ううん、違うの。あなたは少しも悪くないわ。私の気持ちを聞いてほしかっただけなの。だから、ありがとう」




 サイレンカはそういって、彼を求めた。ベッドの上で二人は愛を確かめ合うように触れ合った。そのなかでサイレンカの小さな乳房は、彼によってきつく揉まれ、形を張りのあるなかで変化させた。



 胸を揉むという衝動は、まだアイゼンシュタインのなかに原始的なものとして保存されているようだった。



 移り変わっていく世界。物事。思想。本能。



 いつか地底人は、地表の人間とは全く異なる文化的基盤を形作るのだろうか。何世代も経たうえで、明らかに変化している様々なものを見る限り、そのような想像をしてしまうのは、地底人の科学者であっても同様である。




「先ほど論文を学会誌に掲載いたしまして」とある科学者が地底世界を収めている統一国家の首相とオンライン上で言葉を交わしている。



「地底世界という存在は、おそらくは地上人が実施している実験的な環境であるという仮説を科学的に検証したという内容になっております」彼はそこまで言うと言葉を区切り、首相の言葉を待った。



「ほう、それは興味深い」首相はそれだけ言って、言葉を切った。



 沈黙が流れる。



 とある科学者はその沈黙をやぶるようにして言葉を紡ぐ。




「そして私は一つの真実であろうことにたどり着いたのです」




 歴史は新たな局面を見せ始めている。



 地底世界にとって、初めてともいえる大きなターニングポイント。




「私たちの文明がより発展するために必要なこと。それは本当は世界戦争によって崩壊などしていない地表世界へ進出することなのです。そして首相、あなたたち地表人が望んでいるのは、そうした我々『地底人』がどのようにして未知の領域に至るかという技術的かつ思想的な方法論なのでしょう。未知の領域、それは地底人にとっては地表です。そしてあなたたちにとっては、地球外、すなわち宇宙なのでしょう?」



 

 オンラインの向こう側から、何かが転げ落ちる音が聞こえてくる。それは首相が何かしらの動揺を示しているということだろうか。なおも首相から声は聞こえない。



 とある科学者は続ける。




「おそらくあなたたち地表人は、我々のように多くのサンプルを作成して、その文明の発達を観測してきている。地表人自らの確実な方法を模索するためにね。あなたたち大きな文明には、失敗は決して許されないから」




 とある科学者は、きっかけを作りつつある。そして彼の声は、さらに大きくなっていく。




「これは私たちの決意表明です。いくら私が声を大にして主張しても、地底人には何の危害も及ばないことは知っている。だって、今わたしが言っているようなことは、あなたたちにとっては、この上ない収穫でしょうから。どうぞ、心行くまで観測していればよろしい。私たちは決して諦めない。絶対に地上に出てやるんだ!!!」



 とある科学者はそこまで言うと沈黙した。かなり興奮した様子だ。



 首相はようやっと口を開いた。




「何が君をそこまで動かしているのだ」




 首相は簡潔にそう問うた。




「私の愛する娘を笑顔にさせるためですよ」

「笑顔……?」

「そう、笑顔。娘に大きな乳房を与えてあげたい。そして、その地上における娘の子孫には当然のように大きな乳房の価値を理解してもらいたい……」

「この世界では異端の発想であるな」

「いいですか、首相。いや、地表人」

「…………」

「パラダイムシフトは総じて変な奴がきっかけなんですよ。それが未知の領域へ進出するための、あなたたちが忘れている大切な大切な、思想ですよ」



 

 とある科学者、サイレンカの父はそう言って、通信を切断した。



 彼の目の前にあるのは、先祖たちの時代から少しも変化していない機器の姿だった。技術的な変化はまだごく僅かなもの。大口を叩いたはいいものの、具体的なビジョンが実はまだはっきりと見えていないのが現状ではある。



 しかし……




「思想が全てだ。これを共有さえすれば、あとは私ではなくとも、他の地底人がいつか、必ず成し遂げてくれるだろう。科学的な範疇にはない、この思想が、科学を含めたあらゆる物事を前に推し進めていくのだ。そう歴史は物語っている……」




 彼は部屋を出た。



 目の前に広がる地底世界がいつもとは違って見える。




「うん、ここがスタートラインだ」




 彼は空高く広がる地底世界の土色を目一杯に捉えてから、深呼吸をした。



 きっかけは瞬く間に広がっていった。




【完】
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