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しおりを挟む6月16日。
「悪いが君とは婚約破棄させてもらう」
6月23日。
「悪いがもう君とは一緒にいられない。婚約破棄させてもらう」
6月29日。
「君はなんて魅力にかける女性なんだ。婚約破棄させてもらう」
★★★★★★★★★★★
あるところに、婚約者を驚くほどに早いスピードでころころと変えてしまう、一人の男爵がいた。
その男爵の外側は、いかにも好青年といった感じで周りからの評判もよかったのだ。
しかし、そのような彼が婚約者を決めて、将来の進路へと足を踏み出したそんなときに、彼の意外な一面が世間に露呈してしまっていた。
彼はおかしかった。
一週間ほどの頻度でころころと婚約者が変わってしまうのだ。
どういった理由で婚約者がそれほど早く変わってしまうのか、世間からの関心はとても強かった。
しかしながら、そのような理由はなかなか表面化しない。それもそのはずだ。
もし、その婚約者がころころと変わってしまうという理由が「令嬢」たちの側にある場合は、彼女たちの顔に泥を塗り、家系にも不名誉のレッテルを世間が貼ってしまうことになるからだ。
つまり、この問題の真相が表に上がらない理由は、令嬢たちにとってそれが不都合なものだから……
7月2日。
「君と私はどうやら不釣り合いだったようだ。もっと精進したまえ。婚約破棄させてもらう」
★★★★★★★★★
しかしながら、彼は、その男爵はやりすぎてしまった。
なににつけても、限度というものがある。
彼はそれを知らなかった。
彼は自らの快感に使役されていたに過ぎなかったのかもしれない。
「どうして私がこのような役回りに……」
カント公爵家の令嬢である私は、例の男爵の『婚約者ころころ変えすぎ問題』を調査すべく王国から派遣された調査員だった。
令嬢が調査員だなんて……
私は最初は面倒くさがりましたが、真相を暴いた暁にはカント公爵領への多大な利益を約束しようとのことでしたので、しぶしぶ今こうして、件の男爵の待つ庭園に向って歩いているわけです……
「やあっ!! 待っていたよ」
彼はニコっとした顔で私に微笑みかけました。
その笑顔は確かに魔性の魅力があって、数々の令嬢たちを虜にしてきたことは間違いありません。
しかし、その偽りの仮面の裏側にある歪な感性が、彼の言動の節々に出てきてしまっているようです。
「今日はとっても気持ちいいことができるような気がするんだ」
何を言っているのでしょうか。
私、セクハラでもされているのでしょうか?
「どういう意味でしょうか?」
私がそのように問いかけた刹那。
「あはははははは。なんか今日はいい天気だから、君とは婚約破棄させてもらうね! じゃあね!!!! あはははは」
「は?」
「あはははははははは!!!!!!!」
男爵は『婚約破棄』という言葉を呟いた瞬間から、みるみるうちに顔が快感に歪んでいくのでした。
その姿はかなり異常で薬物常用者のような、快感への陶酔がうかがえました。
「……………」
私は開いた口が塞がりませんでしたが、しっかりと王国からの任務は果たします。なにせカント公爵家の利益に直結する仕事なのですから……
「ということらしいですよ、王国の諜報員さん」
私はそういいながら、彼らへと繋がる召喚魔法を小さく唱え、彼と私の間に諜報員を召喚するのでした。
「詳細は聞かせてもらった。ご苦労だったな、カント公爵家のご令嬢」
「ええ」
「心配せずとも、この音声データの事例があれば、多くの被害にあったご令嬢も声を上げやすくなる。君のおかげだ」
「いえいえ。私は当然のことをやったまでです」
「当然のこと……か」
「ええ。こんなクズ男……地獄に落ちるべきですわ」
私はそういうと、踵を返し、庭園に背を向けて帰っていく……
「これで全て解決するといいですわね」
私はそう呟いて、今まで多くの被害をうけてきたご令嬢の気持ちをおもんばかる。
そうすると、急にかの男爵に婚約破棄を一方的に言い渡されたことが気に食わなくなってしまったので、私は勢いよく振り返り……
いま、まさに諜報員たちに取り押さえられている男爵に向って……
大声でこう言い放ったのでした。
「婚約破棄させていただきます。さようなら、名前も知らない元婚約者さん」
びゅうっと夏の草花の香りをまとった風が通り過ぎていった……
【了】
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