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第2話 おい、笑える
しおりを挟む緑と紫はお互いを不可欠なく完璧に融合させている。それは文字通り正真正銘の完璧さに見えた。
磁石のN極とS極が互いに惹かれ合うように。
そしてそれが合体を可能とするような形状であった場合に、不可分なく密接に、何の隙間もなく結合しているように。
二人の関係が具体的に『何』であるのかは分からないが、そこには久彦の知りえない親密さ以上のものが垣間見えた。
まるで、それがずっと前から続けられてきたかのようにさえ感じられる。
それほどの、融合。結合。
人間的結合。物理的であり心理的な結合。
「おい」
久彦は部活動帰りの自転車で再び掻いた汗とは別に、さらに脂っぽい不愉快な汗を体中の毛穴の至る所から噴出させている。
まるで、それが今感じている感情の二次的形態であるかのように。ふつふつとこみ上げてくる、『怒り』に近しい感情の諸形態が、不愉快な汗となって、止めどなく、ぷつぷつと溢れ出してくる。そんな感じの感情的な揺らぎ。
久彦は冷静に怒っているように見えた。外観としては、とても冷静に、極めて落ち着いて、静かな怒りを抱いているように見えた。
しかし実際は、何も考えられなくなるほどの、憤怒が久彦を満たしていた。あまりの理不尽さに思考が停止するほどの、感情的高ぶり。
目の前の二匹の動物に成り果てた人間と同じく。
久彦もまたすでに人間性のあらゆることを捨て去ろうと、そのような決意をしたとしても、少しの躊躇いもないといったような状態。
久彦はかつてないほどの、興奮を覚えていた。
憤怒の興奮を覚えていた。
すでに、固く完璧に勃起したものは、静かにその存在を落ち着けている。他人の情事と鉢合わせるほど不愉快なものはない。しかも、それが自らの愛する人ときたら、なおさらのこと。
久彦にはまだそのような状況を受け入れる術は持ち合わせていなかった。純粋な性的な関係というものが仮にあるとするならば、久彦はまだあまりにも純粋で、誠実で、そしてどこまでも真摯に緑を愛していたのだ。
「おい、笑える」
未だかつて発したことのない言語が、その組み合わせをもってして、不可思議な雰囲気を与えた。
久彦は全く笑っていない。少しも笑える要素などない。しかし、久彦はこのあまりにも馬鹿馬鹿しい状況をどうにか言語化して、自身の心に落とし込もうとしているのだった。
そうでないと、二人の言葉を何も。
少しも受け入れそうになかったから。
「久彦……」
紫が申し訳なさそうな声で久彦に言葉を送った。
それを皮切りに、緑と紫の結合は、滑らかに解消されていく。非常に生々しい音を立てながら。瑞々しい音を立てながら。
二人の意志に反して、その『結合を解く』という行為は久彦の精神に対して、さらにリアルな現象として、その残酷性を突き付けた。
久彦は初めて、親友の紫の、固くなったものを見た。そこからはあまりにも生物的で性的な悪臭が漂っているように思えた。
「これはその、なんというか……」
紫は裸のままの滑稽な姿で、拝殿の縁側に腰を掛けて久彦と向かい合った。しかし目は久彦をとらえることを遠慮して、明後日の方向にむいている。確実に何をいったらいいか分からないときの、人間の雰囲気を漂わせていた。
そして、それは緑にしても同様のことだった。
二人して、困惑していた。
二人だけが、怒りとは無縁の『困惑』をしていた。
久彦は疎外感を覚える。
あまりにもその戸惑いの質が異なることに、とてつもない疎外感が生じていた。
どうして、そうなる。
どうして、久彦が疎外される?
苦しい思いをしているはずの、久彦が一人になる?
「久彦ひさひこ……」
紫は心に決めたというふうな顔つきになった。
全裸で、滑稽な姿を晒しながら。
拝殿の縁側に腰かけて、すでにその緊張で委縮してしまった、不完全なものを晒して……
「まずは、ごめん。本当にごめん。どれほどの言葉を重ねても謝りつくせないことは理解している。だが、まずはごめん。これだけを伝えさせてほしい」
紫はそういって、やっとのことで、真剣な瞳を久彦に送った。
心からの声であることは、親友を長く続けてきた久彦にははっきりと理解できた。
しかし、理解はできたとしても、到底納得のできないことを二人はやらかしている。
誠意を込めて謝られたところで、事象は巻き戻せない。
時間軸のなかで行われた物理的な事象は、どうあがいても、取り戻せない。
あとに残るは、ひとの精神世界しかない。
そこでの精神的領域においてしか、紫は弁明できないのだ。
こころとこころを介すことによってしか、改善は望めないのだ。
今までに順調に育んできた青春であっても、同じことだ。それはこころとこころの交わり合いの過程で、人間の精神世界に表出してきた、極めて人間的な概念である。
この世の人と人の、関わり合いの、何事においても。
その発展や崩壊や改善においても。
全てはひとの精神世界において行われている、人間的営みに過ぎないのだ。
それがどこまでも粘着質に、隠れるようにして潜んでいるんだ。
「…………」
久彦は何も言えない。
緑の方をみると、何もかもが終わった……
世界が終わってしまった、とでもいうような、絶望の顔をしている。
全裸で。
紫と同様に、その生々しい性的な表層を露わにしながら。
絶望の色を顔に浮かべていた。
「これは、ほんとうに魔が差したとでもいうべき、僕たちのあまりにも愚かな過ちだったんだ」
……
……
……
魔が差したあまりにも愚かな僕たちの過ち
久彦はその言葉を後にして、猛烈な感情の高ぶりによって、気絶した。
込み上げてくる形容の難しい感情のいろいろ、を受けて唐突に気絶した。
視界が真っ白になった。
クマゼミの過激な騒音が次第にはるか遠くへと過ぎ去っていった。
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