狼少女のタカラモノ

橘 志摩

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24.友人

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 綺麗に彩られたイルミネーションをくぐって、悠一が連れてきてくれたのは有名なホテルのレストランだった。
 こんなところで食事するなんてとおどおどしていた菜摘に悠一は笑って「俺もちだから心配するな」と有無を言わせず店内に入ってしまう。

 席に案内されて、恐る恐るメニューを開くと、悠一は「市場調査も兼ねてるから本当に気にするな」と視線をメニューに向けたままそう言った。

「市場調査?」
「どういうのが人気あるとかなー。変わらない味もいいけど、飲食は難しいんだよ。料理が不味けりゃ客はそれこそ来ないし、いくら料理がよくても接客がダメならやっぱりリピーターは寄り付かない。だから、こういう一流の接客と料理出してる店にきて勉強するのもお仕事のうちなの」
「…へぇ…」
「なんだよ」
「う、ううん。悠一もそういうこと、考えてるんだなぁって、思って」

 本音をいえば、意外だった。店では悠一は常に調理場にいるし、接客に出てくることなんてごく稀だ。
 悠一ほどの見てくれがあれば、ホールにたったら女性客も増えるだろうに、彼は料理人だからといってそれはしない。

 だからホールは今でも、おばさんの独壇場だ。バイトの子もいるにはいるが、おばさんには敵わない。

「考えてるよ、オヤジはどう思ってるか知らないけどな。あの店を、俺は潰したいとは思わないからな。それに、おふくろはあれでも接客のプロだし、おふくろに会いに来てるお客様だっているからなぁ。やっぱ接客も勉強しておかないと、おふくろが店から上がったときに困るの、俺だし」
「…そっか」
「それよりお前、注文決めたの? 店員呼ぶけど」
「あ、う、うん」

 思い出す限り、悠一が菜摘の前でそんな話をしたのはこれが初めてだ。
 きちんと、将来の経営者として考えてるのだと実感して、どうすればいいかわかんないなどと悩んでいる自分が恥ずかしくなってくる。

 母が言っていたのは、こういうことかと、唐突に、本当の意味を理解した。
 これほど真剣に実家のお店のことを考えている悠一の隣に立つだけの覚悟はあるのかと、そう聞かれたのだ。
 隣にたって、彼の考えを共有して、一緒に、二人のお店を作っていくだけの覚悟はあるのかと。

 今のお店は、おじさんとおばさんが作り上げたものだ。きっと、悠一が跡を継げば大なり小なり、確かにお店は色を変えるのだろう。
 その空気を、一緒に作っていくだけの覚悟を、菜摘は持たなければいけないのだ。

 それは確かに、好きだけじゃ、できない。
 この人を、心から愛して、大事にしたいって、そう思わないと、出来ない。

 それに気がついて、自分がいかに甘えているのかと、漸く自覚した。

「どうした?」
「う、ううん。悠一ももう立派な経営者なんだなって思って」
「俺はまだまだだろ。偉そうなこと言っても店の経営自体には口出しできないしな。オヤジから勉強してはいるけど、それもまだ追いつけてはないし」
「ふーん…」
「そういや、お前の話って? なんかあったのか? 大したことだったんだろ?」
「あ、えと、うん。あと、ご飯食べたあとで!」

 無理やり笑みを浮かべてそう言った菜摘に、悠一は首をかしげたが、深く追求してくることはなかった。
 そのことに菜摘はほっと胸を撫で下ろす。今はまだ、もう少しだけ、整理させてほしい。
 食事を進めている間に、きちんというべき言葉が見つかるだろう。そう考えて、運ばれてきた食前酒を少しだけ多めに口に入れた。


 ◇◇◇◇◇


 運ばれてくる食事はどれも美味しくて、手が止まらない。
 美味しいねと悠一に語りかければ、彼も優しく笑って、そうだなと答えてくれた。

「でも俺の料理の方がうまいだろ?」
「あ、うん。それは」
「……え、お前なんで今日そんな素直なの」
「え?」

 素直に答えただけで、意外そうな顔をされるとは思ってなかった。
 菜摘が首をかしげて、「本当のことだもん」と答えれば、悠一に視線を外される。
 意味がわからなくて何と問いかけても彼は答えてくれないままだった。

「――随分と自信満々じゃないの、潮見」
「…え…」
「…お前、達川?!」
「そうよ。あんたの名前予約帳で見たからわざわざ挨拶に来てやったのに」

 そういって、コックコートのまま悠一の前に立つその女の人は、ものすごく綺麗な人で、どこか自信にあふれていた。
 悠一と仲がいいのだろう、言葉遣いから聞いてわかる。
 そのことを悟った瞬間、菜摘の心に言いようのない、鋭い痛みが襲った。

「あぁ菜摘こいつ、調理学校で一緒だった達川麦」
「初めまして、当ホテルレストランの副料理長を努めております、達川麦と申します」
「は、…初めまして、…倉本菜摘です…」
「何よ潮見、あんたこんな可愛い子連れて! 彼女?」
「なんだよ、俺が彼女連れてきちゃ悪いのか」
「悪くはないけど、あんたがこんな可愛い子連れてきたなんてムカつくわー。私なんか仕事ばっかで出会いすらないっていうのに」
「悔しかったらお前もいい男捕まえろよ、菜摘は俺のだから」
「っかー。腹立つこのリア充! あんただって数年前までかれてた癖に!」
「うるせえな」

 二人の仲良さげな会話に、心の澱はどんどんと溜まっていく。

 どうして、私と一緒にいるのに、その人と仲良さそうに笑ってるの。
 彼女だと紹介してるくせに、なんで私を無視するの。

 そんな傲慢な考えが胸をよぎって、そんなことを考えている自分が嫌で仕方ない。

 菜摘は膝においていたナプキンをぎゅっと握り締めて、唇を噛んだ。

 わかってる。
 この黒い感情の正体は、誰に教えてもらわなくても、ちゃんとわかる。


 これは、紛れもなく、――――嫉妬だ。

 悠一に対して、悠一の知人に対して、かち合ったことのある歴代の彼女に対してだって、こんな感情を抱いたことなどないのに、今初めて、悠一と話しているその女性が、心の底から邪魔だと、菜摘はそう思った。



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