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#17 再び、神隠しの道
しおりを挟む「……なんてこった……!」
イハサヤはヨウの後ろで呻くようにひとりごちると、スアンの肩を掴みその顔を覗き込むようにして言った。
「ヨウと一緒に逃げろ、あいつならきっとなんとかしてくれる」
「いやだ、お父さんと一緒にいる──最期まで──」
イハサヤにしがみつき、スアンが泣き声でそう言った時。
「馬鹿っ!」
イハサヤは叫ぶとスアンを自分から引き剥がした。
「俺はおまえらの最期なんか、考えたくもないんだ……!」
悲鳴のようなその声に、ヨウは思わず振り返った。
「おまえらは俺の宝だ、死なせてたまるか──」
再びふたりを抱きしめるとそう言い、イハサヤはヨウの名を呼ばわった。
「子供らを助けてくれ、あんたならできるはずだ……!」
「…………」
一瞬の逡巡のあと、ヨウはスアンの手をとった。
「お父さん……!」
スアンはイハサヤに駆け寄ろうとしたが、ヨウはスアンの手をしっかり握って押しとどめた。しかしヨウは言った。
「おまえさまも──」
そうイハサヤを促したが、イハサヤは頭を振った。
「俺は行けん、仲間を見捨てることはできん」
「……もう他にはどなたも、生き残っていないかもしれない」
それならなおさらだ……、と、イハサヤが応えた。
「俺はこの谷の長だ。谷を守って死んだ仲間に、報いにゃならん」
先刻、恩などというもののために死ぬのか、とヨウに言ったイハサヤは、今、義のために死のうとしていた。
「さあ、早く! 約束したぞ!」
風に煽られ、炎が迫ってきた。イハサヤが叫んだ。
「あんたが旅芸人でも魔物でもなんでもいい、俺の子供らを頼む……!」
振り返り父を呼び続けるふたりを急き立てて、ヨウはその場を後にした。
谷が燃えている。
スアンは泣きながら、同じく泣いているハクを引きずるようにしつつ訊ねた。
「どこへ行くの、おじさん、逃げるところなんて──」
「『神隠しの道』へ」
そのスアンのもう一方の手を握り締め前を向いたまま、ヨウが答えた。
「だって、あそこには近づいちゃいけないって、おじさんも言ったじゃないの──」
怯えた声でスアンが言った。それに答えるふうもなく、ヨウは続けた。
「あそこにはもうひとつ道がある。ひとには見えぬ、あやかしの道が」
「────」
スアンは何か言おうとしたが、言葉にならなかった。襲ってきた男を、ヨウが杖で打ち倒した。
阿鼻叫喚の中、ヨウはふたりを庇って何人倒しただろうか。気がつくと三人は封印の岩が置いてある、古い辻にたどり着いていた。
「いいですか、わっしの杖が光りだしたら、おふたりとも目を閉じて、口も閉じるんですよ。何があっても目を開けちゃいけないし、声をだしてもいけない。何があってもです──」
と、言う間もなく、ヨウの杖がぼうっと光りはじめた。
スアンは息を吞んだ。黒く汚れた、ただの古びた木の杖だと思っていたものが、見る間に輝きを増していく。
「目を閉じて! 嬢ちゃん、坊ちゃんの手を放しちゃいけませんよ!」
びょうびょうと何かが身体の中を吹き抜けていく。
風の音とも獣の唸る声ともつかぬ恐ろしげな響きが渦巻く中、スアンは片手でハクを抱きかかえるようにしながらもう一方の手でヨウの腰紐をしっかりと掴み、自身もヨウに身体を押しつけるようにして歩いていた。
ヨウは時に杖を振るいながら進んでいるらしい。そのたびに何かが砕け飛び、断末魔がびしびしとスアンの心に突き刺さる。あやかしの道、とヨウは言ったが、目で見ずともこの道がひとの道でないことはスアンにもわかっていた。
恐怖が膨れあがり口から悲鳴となって飛び出そうとする。スアンは必死に堪えていたが、それももう限界だった──。
「ひゃああああ」
突然恐ろしい悲鳴が耳元でしたかと思うと、ハクが信じがたい力でスアンの手を振り切った。
「…………!」
思わず目を開け名を呼び、ハクに追いすがろうとしたその刹那、力強い手がスアンの頭をヨウの胸に押しつけた。
血と煙の匂いが肺腑いっぱいに流れ込んでくる。不穏な空気が一層ざわめき、嵐のように吹きすさぶ中、スアンは嗚咽を噛み殺し、ヨウはスアンを庇うように抱きしめたまま、じりじりとあやかしの道を進んでいった。
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