水晶の夜物語

あんのーん

文字の大きさ
上 下
7 / 18

#7 神隠しの道

しおりを挟む
 その帰り道である。
 祭殿では明るい笑顔を見せていたスアンだったが外に出るとすっかり無口になり、すれ違う人もないのにうつむいて足どりも心許ない様子だった。
 ヨウはスアンの少し後を黙って歩いていたが、何ごとかに気づいたかのようにスアンが立ち止まり、
「あ……」
 と小さな声を上げた。
 目の前は辻だった。真ん中に大きな石が置かれている。その向こうは集落の中の道とも思えぬ荒れようで、長く往来が絶えていることが伺えた。周囲をよく見ると、辻の三隅に細縄を縛った小さな留石が転がっていた。
「ごめんなさい、こっちに来るつもりじゃなかったのに」
 スアンはそう言うと、ヨウの手を引いて今来た道を引き返そうとした。
「ここは……」
 ヨウの頰も緊張していた。杖を握る指にも力がこもっている。
「古い街道よ。村の外れを抜けて、一方は街へ、もう一方は峠へと続いてたんだって……昔は……」
 なぜかスアンは最後の言葉を言い淀んだ。
「この道……ずっと昔、この村ができる前からあって、その頃には往来も多くて賑わったそうなんだけど……、新しい道ができてからはさびれて──行方知れずになる人もあったらしくて──お父さんが絶対近づいちゃだめだって……。
ここ、『神隠しの道』と呼ばれているの」
「神隠し……」
「ねえ」
 と、スアンはかすかに怯えを含んだ表情でヨウに問いかけた。
「でもそんなこと、本当にあるのかな。ただ、道を歩いているだけで、ひとが消えてしまうなんて……道が荒れてるから、途中で迷っちゃうのかな……」
「嬢ちゃん」
 ヨウは静かに答えた。
「親父さまの言うとおり、ここには近づかない方がいい……嬢ちゃんも、お気をつけるんですよ」
「…………」
 ヨウを見つめスアンは何か言いたげに口を開いたが、言葉にはならなかった。
 ふたりは踵を返し、無言のまま今来た道を歩きはじめた。

 夜。みなが寝静まった後、こっそりと寝床を抜けだしたヨウがやってきたのは件の辻だった。
 灯りもなく暗い三日月の光でに辻はほとんど闇に塗りつぶされていたが、もとよりヨウにはどうでもいいことだ。
 夜だというのに風もなく、その辺りだけ空気がこごっているようだった。
「こんなところに……」
 ヨウは我知らず呟いた。杖を握りしめ、顔を上げてまっすぐ闇の方を向いている。そのさまは布で覆われた目で辻の闇を見すかすようである。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

なんども濡れ衣で責められるので、いい加減諦めて崖から身を投げてみた

下菊みこと
恋愛
悪役令嬢の最後の抵抗は吉と出るか凶と出るか。 ご都合主義のハッピーエンドのSSです。 でも周りは全くハッピーじゃないです。 小説家になろう様でも投稿しています。

私はいけにえ

七辻ゆゆ
ファンタジー
「ねえ姉さん、どうせ生贄になって死ぬのに、どうしてご飯なんて食べるの? そんな良いものを食べたってどうせ無駄じゃない。ねえ、どうして食べてるの?」  ねっとりと息苦しくなるような声で妹が言う。  私はそうして、一緒に泣いてくれた妹がもう存在しないことを知ったのだ。 ****リハビリに書いたのですがダークすぎる感じになってしまって、暗いのが好きな方いらっしゃったらどうぞ。

お久しぶりです、元旦那様

mios
恋愛
「お久しぶりです。元旦那様。」

【完結】亡き冷遇妃がのこしたもの〜王の後悔〜

なか
恋愛
「セレリナ妃が、自死されました」  静寂をかき消す、衛兵の報告。  瞬間、周囲の視線がたった一人に注がれる。  コリウス王国の国王––レオン・コリウス。  彼は正妃セレリナの死を告げる報告に、ただ一言呟く。 「構わん」……と。  周囲から突き刺さるような睨みを受けても、彼は気にしない。  これは……彼が望んだ結末であるからだ。  しかし彼は知らない。  この日を境にセレリナが残したものを知り、後悔に苛まれていくことを。  王妃セレリナ。  彼女に消えて欲しかったのは……  いったい誰か?    ◇◇◇  序盤はシリアスです。  楽しんでいただけるとうれしいです。    

ねえ、テレジア。君も愛人を囲って構わない。

夏目
恋愛
愛している王子が愛人を連れてきた。私も愛人をつくっていいと言われた。私は、あなたが好きなのに。 (小説家になろう様にも投稿しています)

幻贖のランプ 〜抗進する者たち〜

@panope
ファンタジー
共生する動物と共に生きるために体に宿る力。 同族はそれを"幻贖の力"と呼ぶ。 そんな力を持ちながらも、異能を宿さない者たちから身を隠し、生きてきた者たちがいた。 彼らは少数の仲間と共に、ひっそりと時を刻んできた。 幼い頃に両親を失った18歳の少女、パニー。 ある日、彼女は異能を持たない者たちが暮らす外の世界へ踏み出すことを決意する。 亡くなったとされる両親の生存を信じ、大好きな故郷の発展を願う。 ただひたむきに"幸せ"を追い求める彼女。 そんな、パニーの”幸せの叶え方”とは――。

エロ・ファンタジー

フルーツパフェ
大衆娯楽
 物事は上手くいかない。  それは異世界でも同じこと。  夢と好奇心に溢れる異世界の少女達は、恥辱に塗れた現実を味わうことになる。

【完結】王太子妃の初恋

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
カテリーナは王太子妃。しかし、政略のための結婚でアレクサンドル王太子からは嫌われている。 王太子が側妃を娶ったため、カテリーナはお役御免とばかりに王宮の外れにある森の中の宮殿に追いやられてしまう。 しかし、カテリーナはちょうど良かったと思っていた。婚約者時代からの激務で目が悪くなっていて、これ以上は公務も社交も難しいと考えていたからだ。 そんなカテリーナが湖畔で一人の男に出会い、恋をするまでとその後。 ★ざまぁはありません。 全話予約投稿済。 携帯投稿のため誤字脱字多くて申し訳ありません。 報告ありがとうございます。

処理中です...