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しおりを挟むその夏の終わりのことである。姫は嵐を先見し、作物を早く刈るように、と宣った。
日々の天候に恵まれ、村の作物は豊かに育っていた。
「ほんまに嵐が来るのか」と、村人はおろか家中の者も半信半疑である。もう少し辛抱すれば実りの秋がやってくる。村人は収穫を渋った。託宣のあった当初こそ堤に土塁を築き、備えを急ぐ気配を見せたが、いつまで経っても空には一点の曇りもない。そのうちに、姫は月夜と情を通じ、神通力を失ったのだと噂する者まで現れた。
「殿、申し上げたいことが」
居室の当主に声をかける者があった。使用人頭の声である。障子にはやわらかな光が落ちている。当主は呼ばわった。
「入れ。何や?」
現れたこの年寄りはためらう風であったが、ほどなく口を切った。
「姫様と……月夜のことにございます」
「あれらがどうかしたか」
書き物をしていた当主は顔を上げずに応じた。
「姫様はたいそうお美しゅうおなりや……もともとお美しいお顔だちでしたが、この頃では輝くばかりで」
「みづちの顔だちを褒めにきたのか」
当主は片笑みを浮かべていった。
「いえ」
年寄りは慌てて打ち消すと、そのまま続けた。
「あれを姫様のおそばに、このまま置いておくおつもりですか」
「なんぞよからぬ噂でも聞いたか」
「いえ……」
曖昧に語尾が消える。当主はあっさりと応えた。
「ならばよい。ほうっておけ」
「……しかし……」
「それよりも刈り入れを急がせよ。実入りの悪さはしょうがない。嵐で水に浸かったら元も子もないからな。ぐずぐず言う者にはわしの命やときつう言え」
使用人頭はまだなにごとか言いたそうにしていたが、は……、と、低く応えると引き下がった。
気配が遠のいた。当主は手を止め小さくため息をつくと立ち上がった。
館の裏手である。陽はすでに傾き、夕映えに空も山も燃え上がるようであった。月夜を認めた当主が声をかける前に、これは振り向き傅(かしづ)いた。
「みづちは機嫌よう過ごしておるようやな。礼を言う」
「いえ。お言葉勿体のうございます」
頭を垂れたまま月夜が応える。
当主は月夜に立つよう促すと、独りごちるように続けた。
「……あの身体や。永らえることはできまい」
立ち上がった月夜が、これも小さく応えた。
「わしが必ず、お守りしてみせます」
当主が月夜を見つめた。しかし月夜は顔なき者。当主の目には、面を覆った黒い頭巾が映るのみである。
このまま豊かな秋が訪れるのだと村人達が信じ始めた頃。
果たして嵐は突如として村を襲ったのである。
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