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しおりを挟むその後も姫はしばしば月夜の顔を見たがった。そこに浮かぶ己れに対する愛情と賞賛の表情は姫を癒したが、もうひとつ、月夜がしばしば見せる切なげな表情にも、疼くような幸せを感じるのだった。そしてもうひとつ、ただ姫のみの胸に秘めた秘密があった。
夜、ろうそくのほのかな明かりのなかで向きあい、語りあうふたり。
いつぞや姫が話したのは、雨宮に伝わる言い伝えであった。
昔々、ある男が山で出会った娘と懇(ねんご)ろになったこと。ところが娘は姿を消してしまい、必死にこれの行方を捜したところ、見たこともない男どもが現れて、手足のない子を差し出したこと。それで男は……しょうがなくその子を抱いて帰って育てたこと……。
「それが、姫様のご先祖様……」
「そうや。子供を得てからその男はよう時勢を読み、やがてここらを束ねるようになったということや」
そう言うと姫は続けた。
「もしかしたら、この村というのはおまえの村のことやも知れぬな。昔々から、わたくしのようなものが生まれる度に、おまえのような者が助けてくれたのかも──」
月夜も語った。月夜の村には不具な者も多くいるという。だがそれを恥じる者はないと。
それを聞いて姫が微笑んだ。
「わたくしも、おまえの村の娘に生まれていたら良かったな。わたくしはこの身体を恥じることもなくおまえも面を隠すこともなく、村のためにたまさか先を視て、おまえに助けられながらふたりで仲良う暮らせたろうな……」
「いつかきっと、姫様をお連れいたしましょう」
姫が微笑み、月夜も笑った。夜ごとに交わすそんなたわいない会話が、ふたりの密かな楽しみであった。
そうして何年かが経ち、姫はいっそう美しく成長した。内から照り映えるような輝きには、誰もが畏怖さえ覚えるほどである。月夜もまた背丈も伸び、どこかに幼さを残していた体つきもおとなのそれに変わりつつあった。但しその印象は初めて館に上がった頃と変わらず、どことなくひとならざる風情を漂わせていた。
邸内で月夜について口さがない噂話に興じていた者達は、視界の端に入った黒装束に慌てて口をつぐんだ。が、当の黒装束──月夜──は、彼らを意に介する風もなくその場から立ち去った。
「──ふう」
月夜の姿が消えたのち、ひとりが大仰に息を継いだ。
「珍しいな、あれがひとりでおるとは。それでのうても、姿もほとんど見んのに」
「何の気配もせなんだな。……ほんまに気色の悪い奴や」
「『手足』であれば、それも道理……」
「しかしなあ、手足というたかて、実のところは男なんやし……あの姫様とぴったりいっつも一緒やぞ……」
「そこらでやめとけ、殿の耳に入ったら大ごとやぞ」
何やら会話のあやしい雲行きに、ひとりが割って入った。他の者どもも何かに気づいた表情になり、三々五々にそれぞれの持ち場へと散っていった。
しかし一旦ふと漏れ出た疑念は、ひそやかに空中を伝播するもののようである。
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