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しおりを挟む当主は乳母をはじめ、これまで姫に仕えてきた数人の侍女をも全て遠ざけてしまった。姫の身辺の世話は一切が月夜の仕事となった。
膳の給仕から召し替え、沐浴やその他の世話まで、月夜はひとりでかいがいしく、身を尽くして姫に仕えた。
姫は当初はなかなか慣れず、文句は言わずとも口もきかずいつも身体と表情をこわばらせていたが、月夜の心の届いた献身にやがてこれと言葉も交わすようになった。
これまで姫は祭礼に祭殿に上がるほかは、家臣や使用人はおろか父でさえほとんど訪うことのない館の奥でごくごくわずかな侍女に傅(かしづ)かれ、ひっそりと生きてきた。
侍女達は姫を憐れみ優しかったが、内心では姫の異能と異形を怖れ、それがために姫は常に孤独であった。
だが、月夜は違った……。
月夜の献身を受けるごとに、それが姫にもわかりはじめたのである。
同時にこの、自らを「手足」と心得た少年にも心があることに、ようやく思いが至ったのだった。
あるとき、姫がふと月夜に頭巾のことを訊ねたことがあった。
四六時中目の前を覆っていてはものもよく見えなかろう、鬱陶しくはないのかと……だが特段の思いもなく発したその問いに、返ってきた答は驚くべきものだった。
月夜はおのが顔を知らぬという。物心つく前から頭巾を被せられ、おまえは姫様の手足であるから、おのが顔はないものと心得、見ても見せてもならぬときつく戒められたという。
明るい陽の光を知らず昼も暗い視界は生来のものと変わらず、おかげで不自由はありません、と月夜は笑ったが、姫には胸を締め付けられるようであった。
「おまえがそないな役目を負わされたのも、このわたくしのせいやな。子細がどうであれ──わたくしが──こないな体に生まれつきさえせなんだら……」
ぽつりと漏らした姫の言葉を、常には従順にうなずくばかりの月夜が即座に遮った。
「いいえ、それは違います」
「姫様のお役に立つことが、わしが生まれた意味や。こうして姫様のおそばでお仕えできる……それがどれほどうれしゅうてありがたいことか、どれだけ言葉を尽くしても足りません」
姫はわずかに表情をゆがめた。
「おまえはそうまで慕うてくれるこのわたくしの名を知っとるのか」
と、皮肉げな笑みさえ浮かべた姫が問う。
「もはや父にさえ呼ばれぬ、おまえの主(あるじ)のその名前を──」
「日生(ひなせ)様」
月夜が答えた。姫がまじまじと月夜を見つめた。
「物心つく前から存じ上げておりました。姫様のお名前はわしの、宝です」
はっきりとそう言うと、月夜は言葉を継いだ。
「姫様がかようなお身体に生まれたことにも、必ず意味がある。姫様にしかできぬことがあるのです」
「わたくしが生まれたわけが……? こんな、不具な身体にか」
言いながら我知らず涙があふれてきたのは、月夜の声がたいそう優しくその言葉が心に迫ったせいか。
「おのが流した涙さえ、自分では拭けぬというのに……」
「わしが拭(ぬぐ)ってさしあげます。いつもおそばでお助けします」
そう言いながら月夜はあとからあとからこぼれ落ちる姫の涙を、言葉の通りに指先で拭い続けた。
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