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最終話

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 あのあと、ワインを飲んでからの記憶がない。
 しかし横にいたスーさんの解説を聞くに、私は話したかった内容をきちんと話せていたようだ。理路整然と、普段はないような賢さが光っていたと彼は笑った。
 あまりのギャップに、その場で吹き出すのを我慢するのが大変だったという。

『異世界の賢人として、ご提案があります。私の国は、機械技術が高度に発展した国でした。残念ながら、私に機械を作る技術はありませんが、『構想』はあります。セイレーンの皆様には技術がありますね。召喚された賢人が構想を提供し、セイレーンの技術によってそれを成し遂げる、というのはどうでしょうか』

 ワインを一気に煽って泥酔状態になった私は、魔術師おじさんに向かってそう言ったのだという。
 門番長室で向かい合わせに座りながら、スーさんは眉をはの字にしながら言う。

召喚された、ってのがポイントだな。ああいう言い方をすれば、国王を立てつつも、実質的な権限は自分が持つことができる。あれだけ大勢の人間がいる中で提案すれば、筆頭魔術師様も反論できない。筋が通ってるしな」

「うまく自信持って話せるか微妙なところだったんですけど。酒の力は偉大ですね」

「お前は常に酒を飲んで仕事をしていた方がいいかもしれない。……ま、あのままの離させ続ければ、理詰めでルーカス殿にさらに喰ってかかりそうだったが」

「あの魔術師おじさん、私嫌いなんですよ」

「お前、それ絶対外で言うなよ。筆頭魔術師様の権力は凄まじいんだからな。そして相変わらず名前は覚えてないんだな……」

 セイレーンの技術力を利用する、ということになったため、今回メケメケに乗り込んでこようとした人たちも、処刑は免れた。その代わり異世界の賢人である私に全面協力する形で、「王の機械技術開発プロジェクト」に奉仕することになっている。

(人命は救われたわけだけど。なんだかなあ。結局王様・魔術師様が偉いって話になっちゃってるのがなあ)

 私はふん、と鼻をならす。
 でもまあ、首輪は外してもらえたし。
 門番としての仕事はそんなに嫌いじゃないし。
 とりあえずこの世界でも生きていけそうな気がしてきた。
 ひとつの困りごとを除いては。

「しかし……どうしてこうなったんですか」

「俺だって納得いかんわ。なんなんだ、この措置は!」

「おやおや、いいんですか? 上司に敬語使わなくって」

 悪い顔で笑うと、スーさんは屈辱の極みみたいな顔をして眉間に皺を寄せる。

「くっ……!」

 機械技術ギルドによる暴動を事前に食い止め、さらに国王直下の機械技術開発プロジェクトのオブザーバーになってしまったため、私は凄まじい勢いで階級が上がり、なんと門番長になってしまったのだ。
 本当は辞退したのだが、実績が実績なために昇進なしというのは難しかったらしい。

「なんで門番に残ったんだ、お前は。異世界の賢人様なんだろ? 王宮で優雅に働く選択もあったはずだ」

「いや、確かに王宮に異動って話もあったんですけど。あの魔術師おじさんの直下で働くのやなんですもん」

 まだまだ門番としての経験が浅いため、元門番長のスーさんが「補佐官」として残る形になった。一応、階級上は昇進という形にはなるのだが、見かけ上はスーさんが私の部下になった形になってしまう。きっと彼としては屈辱的だろう。

 スーさんは、苛立ちをやっとの思いで飲み込んで、無理に作った笑顔で私に笑いかける。

「では『新』門番長殿。今まで俺がやっていた、膨大な仕事の引き継ぎをいたしましょうか」

「えっ」

「記憶力の良い門番長殿なら、こんなの朝飯前ですよねえ」

「わ、私は……数字の関わる以外のデスクワークは、ちょっと」

「逃しませんよ!」

「ちょっとは手加減してください、スティーヴィーさん」

 そう言った直後、スーさんの表情が固まった。

「お前……名前……。興味のないやつは覚えないんじゃなかったか? 俺はお前に、登録番号も年齢も、数に関わる個人情報は、何も教えてないぞ」

「あ」

「答えろ」

「えーと」

 聞き逃してくれればよかったのに。そう思ったのだが、どうやら答えるまで逃すつもりはないらしい。

「スティーヴィーさんには、興味があるんです」

 はにかみながらそう言えば、スーさんの顔がみるみる赤くなっていく。

「おま、それって……」

「ご想像にお任せします」

 もじもじとそう言えば、元気のいい挨拶と共に、門番長室の扉が開く。

「おはようございまーす!」

「ミゲルぅううううううう!!」

「えっ! スティーヴィーさん?! 僕、なんか悪いことしました?」

 今日も賑やかな一日が始まる。この世界に放り込まれてしまった日は、帰りたくて仕方がなかったが。今は毎日が楽しくて仕方がない。

「はあ、仕方ないから、働くかー」

 こうして私の「ロッテンベルグ門番長」としてのキャリアが、スタートしてしまったのだった。


 FIN
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みんなの感想(1件)

朱村びすりん

現実世界でひきこもりのニートだった聖良。ゲームをしてたらいきなり異世界に飛ばされ、しかももとの世界に帰れなくなってしまい、強制的に働くことになり……。

現実世界でまともに働いたことがなく、掃除や書類整理などもまともにこなせず、異世界で生きていけるの自信をなくしていく聖良の心情がひしひしと伝わってきました。異世界の住民たちと関わりながら社会不適合な様子もよく描かれていて、胸が締めつけられました。


そんな聖良には、他の人にはない特殊な記憶力があり、転機が訪れ、初めて貢献できたシーンは読んでいてこちらまで嬉しくなりました!

スーさんとの掛け合いも楽しいです😆


この先、聖良が異世界でどのような活躍をしていくのか楽しみです!

春日あざみ
2023.09.30 春日あざみ

びすりんさん、お読みいただきありがとうございます😭
最後の方はかなり駆け足で仕上げたので、読み応えのあるものになっていたかドキドキでした!

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