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マツゲ

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 門番小屋の一階には食堂がある。朝と夜だけ開いていて、おばちゃんたちが料理を出してくれるのだ。
 早めに退勤して、街をぷらぷらした後。やることも無くなったので空いているうちにと食堂に足を運んだ。

「セイラちゃん! あんたほっそいんだから、大盛りにしておいたからね!」

「ええええ、そんなに食べきれないんですけど」

「何言ってんの。これくらい食べ切りなさい!」

 押しの強いおばさまたちにはどうやっても勝てない。肩をバンバンと叩かれ、木製のトレーを渡される。
 芋を煮込んだらしきスープと、硬めのパン、ローストチキンのようなものが今日の夕食だ。おばちゃんの言葉通り、部活帰りの男子学生みたいな盛り方でどの皿も埋まっている。

「おや、セイラじゃないか」

 振り返るとそこにはマツゲがいた。

「あれ、今日は早いですね。いつもいらっしゃらないのに」

「うん、今日は残業がなかったから早く帰れたんだよ。よかったら一緒に食べない?」

  人好きのする笑顔を向けられて、尻込みする。
 やはりどうも、人付き合いに対しては苦手意識がある。

「もしかして、嫌だった?」

「いや、そんなことはないです。ただ、誰かと食べるの慣れてないだけで」

 おそるおそる席に着けば、マツゲさんは顔を綻ばせた。

「そういえば、自分は引きこもりだ、って言ってたね」

「対面での接触を極力絶ってたので。絶賛人見知り中なんです。すみません、もし不快にさせてたら」

「いやいや、小動物みたいで可愛らしいよ」

 この人はスーさんと違って優しいので、余計対応に困る。キョドキョドと視線を泳がせていれば、「ご飯冷めちゃうよ」と食事をすすめるよう促された。

「職場はどうだい? スティーヴィーさん、かっこいいけど顔怖いし、言い方もきつい時はあるから。大丈夫かなあと思って、見守ってたんだけど」

「あ、スーさんは割と平気です。初めは怖かったけど、悪い人じゃないのはわかったし」

「はは、それならよかった。まあ最近の二人の様子を見ていれば、仲良くなってきているのはわかるよ」

「仲良くはないです」

「きっぱりだね」

 マツゲはコワモテ激情型のスーさんに比べると、物腰が穏やかで話しやすい。パーマがかった柔らかな栗色の髪、優しげな眼差しも、話しやすい雰囲気に一役買っているのかもしれない。

「あ、そういえば」

 スーさんの顔を思い浮かべていたら、気になっていたことを一つ思い出した。

「なになに、どうしたの? 早速何か相談事?」

「前のめりですね」

「僕ね、門番長室所属になってから、後輩がいなくて。ずっと後輩が欲しかったんだよね。だから困ったことがあったらどんどん聞いて!」

 嬉しそうに目を細めるところを見るに、本当に後輩ができたのが嬉しいらしい。

「じゃ、じゃあ」

 そんなに期待たっぷりに見つめられると、コミュ障としては困ってしまう。が、今は疑問の解決が優先である。

「スーさんに聞いたら、口ごもられたことがあって、気になってたんですけど。指名手配の数がずいぶんと多くないですか、この国。今の役割に仕事が変わってから、結構な人数の手配犯を報告していると思うんですけど。なんでこんなに多いんだろって思って」

「ああ……。それは、確かにみんなのいるところでは話しづらい話題かもしれないね。堅物のあの人なら、職場では絶対避ける話題だろう」

 私は身を乗り出して、興味のままにマツゲに問いかける。

「それに、『活動家』ってことで、手配されている人が多いんです。指名手配者リストの割合も、半分くらい活動家でした」

 彼はあたりを伺いつつ、小声で私の疑問に答えた。

「この国ではね、長く魔法に頼った国家運営をしてきたんだ。王家と魔術師たちの蜜月が長くて、魔術師の特権を守るため、王は魔法を使わない機械技術を扱うギルドをずっと弾圧してきていてね。『活動家』は機械技術系のギルドの権利を主張しようと活動している人たち。……本来、指名手配されるべき人たちじゃないんだけどね」

 マツゲの様子から、彼が国の方針に納得できていないことが伺えた。
 きっとスーさんもそうなのだろう。今日答えてくれなかったのは、聞こえなかったのではなく、話を逸らしたのだ。

「そういうことだったんですね……」

 魔術師おじさんの顔が思い起こされた。

「国王と国の威信」を守るために犠牲になっているのは、どうやら私だけではないらしい。
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