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引きこもりニート女子の隠れた能力

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「素晴らしい……!」

「はあ……そうですか?」

 私は驚愕の表情を浮かべるスーさんと、資料室のテーブルを隔てて向かい合っていた。
 テストの結果は全て正解。あたりまえだ。頭の中に記憶された写真の内容を、ただ読み上げているだけなのだから。

「いったいお前の頭はどうなってんだ」

「どうなってんだ、と言われましても。自分でも、よくわかりません」

「覚えられる情報に限界は?」

「今のところないです」

「恐ろしい……。お前には番号の入った重要資料は渡せないな。まさに歩く情報漏洩だ」

「それ、嬉しくないです」

「ああ。悪い悪い」

 あのあとスーさんは、私がすでに読んだファイルから、ランダムに指名手配犯の登録番号を読み上げた。私はその番号に紐づく資料を記憶から呼び出し、求められた情報を淡々と説明していく。

 初め怪訝そうだったスーさんだったが、回を重ねていくごとに眉根の皺は伸び、感嘆の表情へと変わっていった。

「あの、もしかしてですけど」

「なんだ、いってみろ」

 私は上目がちにスーさんの顔色を伺う。

「私を門に配置して、指名手配犯発見装置として活用しようとしてます?」

「ただの薄ぼんやりしたバカかと思っていたが、察しは悪くないようだな」

「薄ぼんやりしたバカって、ひどくありません……?」

「コンゴウ・セイラ。お前を明日から、出入国者の監視係に任ずる。指名手配犯や要注意人物のリストを、今日のうちに全部読んでおけ。安心しろ、全て『付番』されているからな!」

「えええ……」

 そう言うと、スーさんは手早く読んでおいてほしい資料のファイルの色と番号をメモに書き、私に押し付ける。上機嫌に鼻歌を歌いながら部屋の外へ出ていく彼を、私は困った顔で見送った。

 どうせここでも使えない生意気な新人のレッテルを貼られて、雑用係として一生こき使われると思っていたのに。

 うっかり口を滑らせたせいで、運命が思わぬ方向に転がり始めていた。

 *

「どうだ、覚えてきたか」

「とりあえず、全部読みましたけど……」

「上出来だ、しかし」

 開門前のロッテンベルグ門前。信じられないものを見るような目で、スーさんは私を見下ろしている。

「昨日も思っていたことだが」

「……なんでしょう」

「どうやったらそんなくちゃくちゃな制服の着こなしになるんだ! 初日はちゃんと着ていただろう!」

「え……」

 初日は王宮から出てきたので、制服の着付けはメイドさんがやってくれた。
 そのため髪型以外は、どこもかしこもバッチリの着こなしだったのだが。今はロッテンベルグ門に隣接された門番小屋の屋根裏で寝起きをしている。結果身支度も自分でやることになるわけなのだが、どうにもうまく着られない。

「こっちへ来い! 門番として外の人間の目に触れるのに、そんな格好で表に出せるか!」

「ちょ、ちょちょ、首根っこ掴むのは、やめてくださいいい」

 スーさんはズルズルと私を引きずりながら、門番長室の扉を開け、私を中に連れて行く。

「ジャケットのボタンが一段ずれている。タイも曲がってる。あとなんでウエスト周りにそんなにボリュームが出ているんだ。ワイシャツをしっかり中に入れろ!」

「きっちりぴっちりやるのが苦手なんですよ」

「ふざけるな! ええいもう、かせ! やってやる」

 スーさんは、私のジャケットのボタンを上から外しにかかる。

「え! いや、ちょっとそれってセクハラ」

「なんだセクハラというのは! よくわからん言葉ばかり使って。いいか、言葉というのは、他人にわかるように伝えなければ伝わらないんだ……」

 ジャケットを開いた瞬間、スーさんの動きが止まった。視点は胸の膨らみあたりに落ちている。
 そしてみるみるうちに、彼の顔は真っ赤に染まっていく。

「お前……女だったのか?」

「聖良って、女の名前なんですけど……え、あ、そうか、この国ではそうとも限らない……んですかね?」

「し……失礼した!!」

 ギクシャクと大柄な体を動かし、スーさんは部屋の外へ飛び出ていった。
 すごい音がしたので、勢い余って柱か何かに激突したのかもしれない。

「身なりを整えたら門の前に来い! 5分で支度しろ!」

 扉の向こうから、裏返った声でそう叫んだあと、スーさんはバタバタと立ち去っていった。

「なんなの……?」

 というか、名前はともかく、見た目でわからないだろうか。

「ああ、ジャケット着てると、着痩せして見えるからなあ……。顔も髪で隠れてるし、仕方ないっちゃ仕方ないのか」

 これまで随分と乱暴な扱いを受けてきたが。それはどうやら男だと思ってのことらしい。まあ、男だろうと女だろうと、パワハラまがいの言動はまずいと思うのだけれども。
 私は不器用ながらも、言われた通りにワイシャツの裾をズボンに押し込め、ジャケットのボタンをはめ直すと、門番長室から出て、門の方へと向かっていった。


「わあ、すごい。こう見ると圧巻だ」

 部屋から出てすぐ、外に向かって迫り出す塀の上から、眼下を見下ろして感嘆の声を上げた。門の前には馬車や人がずらりと並んでいるのが見える。その様子は活気に満ち溢れていて、見ているだけでちょっぴりワクワクした。これまで業務時間中は室内で仕事をしていたし、外を見る余裕もなかったので、この光景を見るのは初めてだ。

 門の番人、通称「門番」たちの事務所であるセルリアン塔は、石門の上に築かれている。塔から続く石畳の階段を下れば、門のアーチの横に出ることができた。

「通行証をご用意ください!」

「こちら、重量が20メリルほど規定量をオーバーしていますので、マーケットへ持ち込まれるためにはあと追加で200ルルーのお支払いが必要になります」

「通行証のご提示、ありがとうございます。どうぞお通りください」

 門では、青い制服を着た四人の門番が仕事にあたっていた。そのほかに鎧を着た人たちが門の周囲を固めている。
 薄暗い部屋の中で長く生活していた自分にとっては、非常に眩しい光景である。

(こんな忙しないところで、私働けるのかなぁ……)

 スーさんにされた業務説明によれば、この国でいう「門番」は、単に門の守りを固めるだけでなく、税関職員の業務も兼ねているようだった。だから門の防衛に関しては、別途衛兵が置かれている。

 門番は、門を通過する人物の身元を証明する通行証の確認をするほか、首都に持ち込まれる積荷に対してかかる税金がきちんと事前に支払われているかどうか、納税証明書の確認をするそうだ。

「首都に売り物を持ち込む場合に、税金がかかるんですか」

 外国に特定のものを持ち込むのに税関で税を払う、というのは聞いたことがあるけど。同じ国内でも税を取るのが不思議だった。

「そうだ。首都だけでなく、大都市ではどこも同様に持ち込まれる商品に対して税をとっている。国の財務を支える税収の一つだ」

「積荷にかかる税金って、どこで事前に払うんですか?」

「各地の領主の館に、納税事務所がある。そこで重量分の税金を払えば証明書を発行してもらえる。なお、重量は首都の門を通過する前に、もう一度計り直す」

 門にも領主の館の納税事務所にも、重さを計る魔道具「ヘテル」というのがあるらしい。それに全ての積荷を載せて計測するのだ。

「計り直した時に、もし積荷が証明書に記載されている重量より多かった場合はどうなるんですか」

「税金を追徴することになる。あと、薬物や違法な物品を紛れ込ませてないかのチェックを行うことになるな」

「ふうん。二重チェックしてるんですね」

「違法物品の持ち込み阻止の目的のほかに、領主とギルドが癒着して納税額を誤魔化すなどの不正を防止するためもある。あとは単純に地方の納税事務所のヘテルは年代物が多くてな、劣化のために、数字が正確でないことが多い。特にメリバスなんかはひどい、毎回数字が狂ってる」


(税金の徴収って、大変だなあ)

 スーさんの説明を頭の中で反芻しつつ。私は門の前でスーさんを探した。
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