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第三章 大型新人
あやかし瓦版のミッション
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鈴華は朝出て行って以来、昼になっても戻ってこなかった。食事の時間になり、配られた弁当を縁側で刹那と食べたあと、編集室に戻ってみれば、興奮気味の宗太郎がひとり騒いでいた。
「おい、見てみろよ、これ!」
「なんなの? 騒々しいわねえ」
気だるそうに刹那が答えれば、宗太郎は自席からノートパソコンを持ってきて、佐和子と刹那の前に突き出す。
「これのおかげでPV爆あがり! さすがだよなあ、鈴華」
画面に映し出されたものを見て、ギョッとした。横に立つ刹那を見れば、みるみるうちに顔色が青くなっていた。
「な、な、な、何よこれ!!」
刹那が叫んだタイミングで、永徳が襖を開けて編集室の中に入ってきた。凄まじい叫び声に驚いたのか、よろけながら彼も宗太郎のパソコンを覗き込む。
「わあ、これはちょっと、まずいねえ」
「編集長! この記事の企画、許可したんですか?」
「許可するも何も、企画書を見たこともない」
PVの爆上がりに浮かれていた宗太郎だったが。この言葉には顔を顰める。
「え、鈴華、事前に相談して出したんじゃねえのか?」
「してない。そもそも今日が彼女の初日だし。おまけにこれ、うちのあやかし瓦版のサイトも勝手にデザインを変えられている。うちのニュースサイトに『芸能スクープ』なんてコーナーはなかったはずだよね」
永徳の言葉を聞いて、佐和子は改めて画面を注視する。
「本当だ。サイトの帯の部分、カテゴリ別の記事が読めるように、『注目記事、ライフ、グルメ、旅、イベント』ってなってたはずなのに。『芸能スクープ』が一番目立つ位置に差し込まれてる!」
片手でこめかみをもみながら、宗太郎のパソコンをひょいと手に取り記事を読み込むと、永徳は眉間のしわを深くする。
「困ったねえ、編集部員の自主性を尊重した媒体ではあるんだけど。これはまずい。あやかし瓦版のミッション『あやかしの幸せに貢献すること』に反する」
「でも、読んでくれる読者が多ければ広告収入も上がるし、いいじゃねえか」
永徳は鼻から息を漏らすと、ノートパソコンを宗太郎に返した。
「芸能スクープの記事のネタはなんだい、宗太郎」
「有名あやかしの浮気とか、犯罪歴の暴露とか、未発表の結婚予定とか……そんな感じだろ。ここに載せられた鈴華の記事は、熱愛スクープなわけだし。別にミッションに真正面から反していることにはならないだろ」
「そんなネタをサイトで取り上げられて、取り上げられた方のあやかしは幸せを感じるかい?」
「それは……」
渋い顔をした宗太郎に向かって、永徳は続ける。
「芸能スクープは、本人たちが隠しておきたいことを他人が白日のもとに晒す行為だ。そしてネットの発達した今では、その記事をネタに見ず知らずの他人が面白おかしく騒ぎ立てる。それはネタに使われたあやかしにとって、不幸なことではないかい? 騒ぎ立てる野次馬を見て不愉快に思うあやかしもいるだろう」
ついに宗太郎は押し黙ってしまった。しょぼんと体を丸めてしまった宗太郎がちょっと哀れにも思えたが。でもこれは永徳の言っていることが正しいと、佐和子は思った。
「もちろん、こうしたネタを商売にするメディアだってある。だから、こうした記事を書くこと自体を、俺は否定しない。だけど、あやかし瓦版のネタとしては受け入れられない。ミッションがブレてしまっては、うちの記事を楽しみにしてくれている読者も離れてしまう。この記事は俺の方で謝罪文とともに削除しておく。鈴華には、今すぐ編集部に戻ってきてもらわないと」
永徳はそう言って、デスクに戻っていく。
珍しく真面目な顔をして、パソコンに向かい、方々に電話をしていた。
–––普段はゆるい感じだけど、仕事に対しては芯を持っているのよね、笹野屋さんて。
そんな永徳の姿を見て、佐和子も「あやかしの幸せに貢献する」ために自分が書ける記事は何か考える。
まだまだ半人前ではあるけれど、彼の隣でこのあやかし瓦版の読者を笑顔にするコンテンツを送り出し続けたい。改めて、そう思ったのだった。
「おい、見てみろよ、これ!」
「なんなの? 騒々しいわねえ」
気だるそうに刹那が答えれば、宗太郎は自席からノートパソコンを持ってきて、佐和子と刹那の前に突き出す。
「これのおかげでPV爆あがり! さすがだよなあ、鈴華」
画面に映し出されたものを見て、ギョッとした。横に立つ刹那を見れば、みるみるうちに顔色が青くなっていた。
「な、な、な、何よこれ!!」
刹那が叫んだタイミングで、永徳が襖を開けて編集室の中に入ってきた。凄まじい叫び声に驚いたのか、よろけながら彼も宗太郎のパソコンを覗き込む。
「わあ、これはちょっと、まずいねえ」
「編集長! この記事の企画、許可したんですか?」
「許可するも何も、企画書を見たこともない」
PVの爆上がりに浮かれていた宗太郎だったが。この言葉には顔を顰める。
「え、鈴華、事前に相談して出したんじゃねえのか?」
「してない。そもそも今日が彼女の初日だし。おまけにこれ、うちのあやかし瓦版のサイトも勝手にデザインを変えられている。うちのニュースサイトに『芸能スクープ』なんてコーナーはなかったはずだよね」
永徳の言葉を聞いて、佐和子は改めて画面を注視する。
「本当だ。サイトの帯の部分、カテゴリ別の記事が読めるように、『注目記事、ライフ、グルメ、旅、イベント』ってなってたはずなのに。『芸能スクープ』が一番目立つ位置に差し込まれてる!」
片手でこめかみをもみながら、宗太郎のパソコンをひょいと手に取り記事を読み込むと、永徳は眉間のしわを深くする。
「困ったねえ、編集部員の自主性を尊重した媒体ではあるんだけど。これはまずい。あやかし瓦版のミッション『あやかしの幸せに貢献すること』に反する」
「でも、読んでくれる読者が多ければ広告収入も上がるし、いいじゃねえか」
永徳は鼻から息を漏らすと、ノートパソコンを宗太郎に返した。
「芸能スクープの記事のネタはなんだい、宗太郎」
「有名あやかしの浮気とか、犯罪歴の暴露とか、未発表の結婚予定とか……そんな感じだろ。ここに載せられた鈴華の記事は、熱愛スクープなわけだし。別にミッションに真正面から反していることにはならないだろ」
「そんなネタをサイトで取り上げられて、取り上げられた方のあやかしは幸せを感じるかい?」
「それは……」
渋い顔をした宗太郎に向かって、永徳は続ける。
「芸能スクープは、本人たちが隠しておきたいことを他人が白日のもとに晒す行為だ。そしてネットの発達した今では、その記事をネタに見ず知らずの他人が面白おかしく騒ぎ立てる。それはネタに使われたあやかしにとって、不幸なことではないかい? 騒ぎ立てる野次馬を見て不愉快に思うあやかしもいるだろう」
ついに宗太郎は押し黙ってしまった。しょぼんと体を丸めてしまった宗太郎がちょっと哀れにも思えたが。でもこれは永徳の言っていることが正しいと、佐和子は思った。
「もちろん、こうしたネタを商売にするメディアだってある。だから、こうした記事を書くこと自体を、俺は否定しない。だけど、あやかし瓦版のネタとしては受け入れられない。ミッションがブレてしまっては、うちの記事を楽しみにしてくれている読者も離れてしまう。この記事は俺の方で謝罪文とともに削除しておく。鈴華には、今すぐ編集部に戻ってきてもらわないと」
永徳はそう言って、デスクに戻っていく。
珍しく真面目な顔をして、パソコンに向かい、方々に電話をしていた。
–––普段はゆるい感じだけど、仕事に対しては芯を持っているのよね、笹野屋さんて。
そんな永徳の姿を見て、佐和子も「あやかしの幸せに貢献する」ために自分が書ける記事は何か考える。
まだまだ半人前ではあるけれど、彼の隣でこのあやかし瓦版の読者を笑顔にするコンテンツを送り出し続けたい。改めて、そう思ったのだった。
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