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第三章 大型新人

告白

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「ええと、あの、まず」

 両手を擦り合わせながら、佐和子は自分の気持ちを落ち着けようと小さく深呼吸をする。

「あの、セクハラとかに関しては、あまり気になさらなくていいですから」

「え」

「マイケルさんから聞きました。私にセクハラですって言われたことを気にして、対応を改めようと本まで読まれているとか」

「あ、その話ね……」

 少々がっかりした様子の永徳は、「マイケルも余計な話を」と言いながら、右手で頭を掻いた。

「いや、俺もね、人間の女の子を編集部に入れるのが初めてだったし、人間社会からしばらく離れているしで、もしかすると世間の常識からだいぶ離れてしまっているのかもしれないと思い直してね」

「今は色々と厳しいですからね、コンプライアンスとか、人権の尊重とか」

「そうそう。だから葵さんがああ言ってくれて、いい勉強の機会になったんだ。だからそんなに気に病まないで」

 彼は両手をポケットに入れると、いつもの緊張感のない笑みに戻る。話を切り上げようとしているのを察し、佐和子は慌てて口を挟む。

「あの、そうじゃなくて。それだけじゃなくて」

「それだけじゃないの?」

 本題に入ろうとして、口が渇く。カバンに入っていたペットボトルの水をぐいと飲み、ハンカチで口元を拭いた。

「はい、あの、私が笹野屋さんのその、なんというか、軽い感じの冗談? 嫁候補扱い? みたいなものについて、セクハラと言ったのはですね」

 顔が熱くなる。その先を言おうとして、言葉が詰まった。しかしちゃんと伝えたい。自分の心のうちを。

「……恥ずかしかったからなんです」

「恥ずかしい……?」

「はい。嫁候補扱いをされるの、初めの頃はとっても迷惑だったんですけど」

「迷惑だったんだね……」

「揶揄われている感じがしてて。どうせ本気でそんなこと思っていないくせに、その気にさせるようなことを言ってるんだって。相手にしてはいけないって、思ってたんです。でも今は、なんていうか、こう……」

 自分の口下手さが嫌になった。上手く伝えられたらいいのに、相手の反応を伺ってどうしても周りくどい言い方になってしまう。

「でも……サトリのダンスコンテスト会場で、私のことをどう思っているか。いつもの誤魔化しのない笹野屋さんの本心を聞いてから、気持ちが変わって」

 ––––ええい、はっきり言ってしまわないと!

「今は、笹野屋さんが気をつけてくださったことで。その、逆にいつものように構ってもらえないことを、寂しく感じている自分がいて。もっと話しかけてほしいとか、からかってほしいっていうか、思ったりしちゃって」

 そろそろ自分が何を言っているのか、佐和子はわからなくなってきていた。しどろもどろになりながらも、言葉を紡ぎ続ける佐和子の様子を、永徳はじっと見つめている。

「それってさ、あの、勘違いじゃなければ。俺のことを好ましく思ってくれてるってことで、いいの? ……上司と部下の関係以上のことを求めているってことで」

 佐和子は目をギュッと瞑り、恥ずかしさを堪えながら、なんとか最後の一言を吐き出す。

「そう、なのかもしれません」

 瞬間、視界が白く染まった。暖かく大きな腕が自分を包んでいたのだ。白檀の香りに包み込まれると、体は硬直し、心臓は階段を駆け上がった時のように早くなる。

「君の気持ちを正直に教えてくれて、ありがとう」

 透き通ったような声がそう言えば、背中に回された手の拘束が強まる。

「嫁候補発言はね。初めのうちはね、君の保護のためと、少しでも緊張を解こうとして軽口を叩いていたけど」

 佐和子のまとめ髪を、永徳は左手で優しく撫でた。

「今はね、一人の女性として、一緒にあやかしの編集部で頑張る同志として、とても大事に思っているよ。願わくばずっと、そばにいて欲しいって」

「笹野屋さん……」

「ねえ、葵さん。もしよかったら、恋人から始めてみないかい? 俺がヘラヘラしているせいで、嫁だの結婚だの押し付ける感じになってしまっていたから。葵さんの歩調で、お互いを知ってみる時間を、もうけていくのはどうだろう」

 恋人という響きに、佐和子は目を見張る。でも戸惑いつつも、それもいいかもしれないと、ここまできたらそうしてみるのもありかもしれないと、そう思った。

「笹野屋さんが私のようなものでいいとおっしゃってくださるなら……よろしくお願いします」

「相変わらず真面目で葵さんらしい回答だなあ」

 永徳は佐和子の両肩に手を置き、体を離してサファイアブルーの瞳をこちらに向けた。

「よろしくお願いします。佐和子さん」
 照れくさそうにそう言う永徳には、いつものような余裕はまったくなく。再び赤みを取り戻した頬を緩ませていた。
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