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第二章 サトリの里
コンテストの秘策
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「オンラインダンスコンテスト?」
編集部に戻った佐和子は、興味津々の様子のあやかしたちに囲まれていた。
「うん、そう。人間界ではよくある催し物だけど。あやかしの世界では珍しいのかな?」
「よくあるんですか?!」
そう食い気味に反応したのはマイケルだ。
「え。あ、うん……企業の販促企画とか、テレビの企画とかが多いかなあ。オンラインに限るとそこまで多くはないかもしれないけど、リアルではたくさんあるよ」
「へええ……いいですねえ」
うっとりとした表情をしていたマイケルだったが、自分が佐和子に近寄り過ぎていたのに気づき、サッと飛び退いた。
「す、すみません」
「えっ、大丈夫だよ、全然」
相変わらず、以前襲ってしまったことを気にしているらしい。
「取り組みは面白いけど。嫌われ者のサトリたちが主催じゃあ、参加者も視聴者も集まらないんじゃなくって?」
長い首を伸ばしながらそう言ったのは刹那だ。たしかに彼女の言う通りで、その点についてはサトリ達も頭を捻ったらしく、すでに対策は打たれている。
「なんでも、超有名ダンスグループを審査員にキャスティングしたみたい」
「あらそうなの?」
「OKITSUNEって知ってる? 妖狐のダンスグループなんだけど」
「「OKITSUNEえええええ?!」」
編集室が揺れんばかりの大声に、佐和子は慄く。編集室にいる部員全員が叫んでいた。
「えええ、アタシも取材行きたい!!」
「お、おいら達も!!」
「ここは躍動感のある写真が撮れる俺が必要だよな? な?」
迫り来るろくろ首と小鬼達、目を血走らせる河童の圧力に、あわあわとその場で動揺する佐和子の肩に、後ろから手が置かれた。
「なんだい、ずいぶんみんな楽しそうじゃないか」
いつもの通りの着物姿の永徳が背後に立っていた。
「さっ、笹野屋さん! 突然現れないでください!」
「おっと、ごめんごめん」
永徳は慌てて手を引っ込めると、手近にあったデスクチェアに腰掛ける。
「編集長、取材は誰を行かせるつもりなんだよ。もちろん俺だろ?」
「宗太郎はサトリの取材は嫌だと断ってたじゃないか」
「いや、OKITSUNEが出るなら話は別……」
「そんなに人気なんですか? OKITSUNEって」
佐和子が首を傾げれば、マイケルが解説を加える。
「そもそもあやかしで名の知れたダンスグループって、あまりいないんです。OKITSUNEは動画メディア、『あやチューブ』で人気を博しまして、いちダンス好きの狐の少女達が数ヶ月という短期間であやチューブで再生回数一位の座を獲得したのです。海外国内問わず、今やあやかしなら名前を知らぬ者はいないグループになっています。彼女達のおかげで、あやかしのダンス人口も急激に増えていたりするんですよ」
「そんなすごいグループだったのね……。あとでちゃんと見ておかなきゃ」
「費用は相当かかったみたいだね。キャスティングのために」
永徳はいつの間にかお茶を啜っている。いつものことだが、自分の仕事をしなくていいのだろうか。
「OKITSUNEが出るなら注目は引けそうだけど。でもそれだと、OKITSUNEだけ見て退出するオンライン参加者も多いんじゃない? リアルタイム中継で心を読み上げられたら嫌だし」
訝しむ刹那に永徳が答える。
「ああ、彼らはね、ネット越しでは心を読めないらしいんだ。だからそれを冒頭で解説し、パフォーマンス中以外は、テロップでその旨を画面に表示させておく予定らしい。『ネット越しではサトリは心を読めません。安心して視聴をお楽しみください』ってね。ダンスパフォーマンスの参加者も別会場からオンラインで繋ぐことになる」
「なるほどねえ。それなら純粋に、みんな参加したくなるかもしれないわね。とにかく目新しいし、OKITSUNEのダンスを生配信で見られるなんてそうそう無いし」
納得顔の刹那を前に、永徳はニヤリと笑う。
「OKITSUNEから講評がもらえるとあらば、ダンスコンテストに出たいというあやかしも多いだろうし、きっと盛り上がるだろう。直接会うことは叶わなくとも、動画を通じてさまざまなあやかしが交流できるのはいいよね。サトリの事例が一つのモデルになって、これまで嫌われていたあやかしや、他と交流を持たなかったあやかしが交流するきっかけに作れるといい。ネットでの繋がりをきっかけに、あやかしの経済を活性化するようなビジネスだって生まれるかもしれない」
永徳の話を聞きながら佐和子は考える。
これまで交わらなかったあやかしたちが、交わることで生まれるもの。ネットを通じた物品の売買が盛んになったり、自分たちの住む地域を守るための協力体制が生まれたり。生活のための知恵を共有したり、種族を超えた恋が生まれたり。
孤独だったあやかしが、他と繋がれるようになることで、より良い「あやかし生」を生きることができる。それはとっても素晴らしいことだ。
今回のダンスコンテストを記事で広めることは、その一助になるかもしれない。
––––いい記事を書かなくちゃ。
そのあとも、あやかし編集部員によるダンスコンテストの取材権が争われたのは言うまでも無い。しかし結局、永徳は「葵さんと俺以外は検討中」とお茶を濁したのだった。
編集部に戻った佐和子は、興味津々の様子のあやかしたちに囲まれていた。
「うん、そう。人間界ではよくある催し物だけど。あやかしの世界では珍しいのかな?」
「よくあるんですか?!」
そう食い気味に反応したのはマイケルだ。
「え。あ、うん……企業の販促企画とか、テレビの企画とかが多いかなあ。オンラインに限るとそこまで多くはないかもしれないけど、リアルではたくさんあるよ」
「へええ……いいですねえ」
うっとりとした表情をしていたマイケルだったが、自分が佐和子に近寄り過ぎていたのに気づき、サッと飛び退いた。
「す、すみません」
「えっ、大丈夫だよ、全然」
相変わらず、以前襲ってしまったことを気にしているらしい。
「取り組みは面白いけど。嫌われ者のサトリたちが主催じゃあ、参加者も視聴者も集まらないんじゃなくって?」
長い首を伸ばしながらそう言ったのは刹那だ。たしかに彼女の言う通りで、その点についてはサトリ達も頭を捻ったらしく、すでに対策は打たれている。
「なんでも、超有名ダンスグループを審査員にキャスティングしたみたい」
「あらそうなの?」
「OKITSUNEって知ってる? 妖狐のダンスグループなんだけど」
「「OKITSUNEえええええ?!」」
編集室が揺れんばかりの大声に、佐和子は慄く。編集室にいる部員全員が叫んでいた。
「えええ、アタシも取材行きたい!!」
「お、おいら達も!!」
「ここは躍動感のある写真が撮れる俺が必要だよな? な?」
迫り来るろくろ首と小鬼達、目を血走らせる河童の圧力に、あわあわとその場で動揺する佐和子の肩に、後ろから手が置かれた。
「なんだい、ずいぶんみんな楽しそうじゃないか」
いつもの通りの着物姿の永徳が背後に立っていた。
「さっ、笹野屋さん! 突然現れないでください!」
「おっと、ごめんごめん」
永徳は慌てて手を引っ込めると、手近にあったデスクチェアに腰掛ける。
「編集長、取材は誰を行かせるつもりなんだよ。もちろん俺だろ?」
「宗太郎はサトリの取材は嫌だと断ってたじゃないか」
「いや、OKITSUNEが出るなら話は別……」
「そんなに人気なんですか? OKITSUNEって」
佐和子が首を傾げれば、マイケルが解説を加える。
「そもそもあやかしで名の知れたダンスグループって、あまりいないんです。OKITSUNEは動画メディア、『あやチューブ』で人気を博しまして、いちダンス好きの狐の少女達が数ヶ月という短期間であやチューブで再生回数一位の座を獲得したのです。海外国内問わず、今やあやかしなら名前を知らぬ者はいないグループになっています。彼女達のおかげで、あやかしのダンス人口も急激に増えていたりするんですよ」
「そんなすごいグループだったのね……。あとでちゃんと見ておかなきゃ」
「費用は相当かかったみたいだね。キャスティングのために」
永徳はいつの間にかお茶を啜っている。いつものことだが、自分の仕事をしなくていいのだろうか。
「OKITSUNEが出るなら注目は引けそうだけど。でもそれだと、OKITSUNEだけ見て退出するオンライン参加者も多いんじゃない? リアルタイム中継で心を読み上げられたら嫌だし」
訝しむ刹那に永徳が答える。
「ああ、彼らはね、ネット越しでは心を読めないらしいんだ。だからそれを冒頭で解説し、パフォーマンス中以外は、テロップでその旨を画面に表示させておく予定らしい。『ネット越しではサトリは心を読めません。安心して視聴をお楽しみください』ってね。ダンスパフォーマンスの参加者も別会場からオンラインで繋ぐことになる」
「なるほどねえ。それなら純粋に、みんな参加したくなるかもしれないわね。とにかく目新しいし、OKITSUNEのダンスを生配信で見られるなんてそうそう無いし」
納得顔の刹那を前に、永徳はニヤリと笑う。
「OKITSUNEから講評がもらえるとあらば、ダンスコンテストに出たいというあやかしも多いだろうし、きっと盛り上がるだろう。直接会うことは叶わなくとも、動画を通じてさまざまなあやかしが交流できるのはいいよね。サトリの事例が一つのモデルになって、これまで嫌われていたあやかしや、他と交流を持たなかったあやかしが交流するきっかけに作れるといい。ネットでの繋がりをきっかけに、あやかしの経済を活性化するようなビジネスだって生まれるかもしれない」
永徳の話を聞きながら佐和子は考える。
これまで交わらなかったあやかしたちが、交わることで生まれるもの。ネットを通じた物品の売買が盛んになったり、自分たちの住む地域を守るための協力体制が生まれたり。生活のための知恵を共有したり、種族を超えた恋が生まれたり。
孤独だったあやかしが、他と繋がれるようになることで、より良い「あやかし生」を生きることができる。それはとっても素晴らしいことだ。
今回のダンスコンテストを記事で広めることは、その一助になるかもしれない。
––––いい記事を書かなくちゃ。
そのあとも、あやかし編集部員によるダンスコンテストの取材権が争われたのは言うまでも無い。しかし結局、永徳は「葵さんと俺以外は検討中」とお茶を濁したのだった。
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